瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

高木敏雄『日本傳説集』(02)

 初版の扉は「高木敏雄著/日本傳説集/分類總目次解説索引附」だったが、武藏野書院の三版(恐らく再版も)は違っている。そして武藏野書院版には初版にない著者の遺影を掲げた口絵が扉の次にある(保護用の硫酸紙もあり)が、その裏に「高木敏雄氏小傳」が載る。この略伝に山田氏は気付いていないようだ。或いは既に紹介されているかも知れないが、死去の翌々年にまとめられた略伝としてここに紹介しておきたい。

高木敏雄氏は熊本縣の人。第五高等學校を經て東京帝國大學文/科大學に入り、獨逸文學を專攻して、明治三十三年業を卒ふる/や、第五高等學校、東京高等師範學校、松山高等學校等の教授/を歴任して、大正十一年三月大阪外國語學校の新設と同時に聘/せられて、同校教授となり獨逸語部主任教授として令名ありき。/同年五月文部省在外研究員を命ぜられ、氏の專門とする獨逸文/學及獨逸語教授法の研究のため翌年三月六日には神戸出帆の箱/根丸にて渡歐の途に上る筈なりしが、不幸にして病を獲十二月/十八日大阪市立桃山病院に於て逝く、享年四十七。/氏は專攻の獨逸文學の外に神話學、傳説童話學に造詣深く「比/較神話學」「日本傳説集」「日本建國神話」「新イソツプ物語」「世界/童話」其他十數種の著書あり。何れも斯界の名著として珍重せ/らる。


 初版ではこの口絵の代わりに、扉がもう一つあり、左上に「高木敏雄著/日本傳説集/分類目次解説索引附」とあり、右下に

 特定の條件の下に達したる報告のみを材料として編まれたる此小/册子の著者は多年の研究の結果に基きて行はれたる内容の分類とそ/の解説とによりて日本に於ける將來の傳説研究に對して信頼するに/足るべき基礎と標準とを與へんことを唯一の目的として此小册を心/ある人々の前に置く

との一文がある。この文は武藏野書院版では目次の後(12頁、頁附なし)に移されている。ところが宝文館版・ちくま学芸文庫版には見当たらない*1。初版はこの扉の裏に、

此書の著者は全國各地の愛讀者諸子/の好意と援助とによりて此書中の不/完全なるところを訂正し且つ將來に/向つて日本民間傳説蒐集の事業を漸/次完成せんとの希望を抱く

とある。これは武藏野書院版にはない。宝文館版・ちくま学芸文庫版にもない*2
 ついで「序」がある。頁附はここから始まっている(一〜三頁)。武藏野書院版は以下、同版と見られる。三頁は「大正二年九月     高 木 敏 雄」と1行にあって、氏名の右上にやや小さい字で「東京目白臺上」とあるのみである。
 その裏(4頁、頁附なし)に「此傳説集の材料と……」との一文がある。これは宝文館版・ちくま学芸文庫版では序文の署名の次に詰め込まれているが、初版の三頁の組み方を思えば、これは「序」とは切り離して頁を改めて欲しかったと思う。武藏野書院版はこれを削除していて、4頁は白紙になっている。
 五〜六頁が「凡例」、七〜一一頁が「目次」、初版では12頁(頁附なし)は白紙だが、武藏野書院版では先に紹介した一文がここに入っている。
 その次、13頁(頁附なし)が中扉で「日本傳説集」とのみ、大きく入っている。14頁は白紙、一五頁からが本文である。(以下続稿)

*1:【2月10日追記】これは間違いであった。削除するとともにお詫びします。2月11日付(05)参照

*2:【2月10日追記】ここも同じく2月11日付(05)参照