瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

田中英光『オリムポスの果實』(01)

 以前、田中英光オリンポスの果実」について調べたことがある。若い頃は、読もうとは思わなかった。まず題がどうも気障に思えるし、鴎外「雁」のところに書いたように、有名な作品は別に読まなくても良いかとひねくれた考えだったこともある。それが、別の作品のモデル問題で読んだ本に本作のモデルについて述べた箇所があり、その書き方に引っかかって調べようという妙な気を起こしたのである。

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 もちろん初版本は稀覯だし、そこいらの図書館には全集もない。文庫本で読めるのかと思いの外、これがもう本屋にはなかったりする。そこでやはり図書館で新潮文庫を見付けて借りた。新潮文庫239・昭和二十六年九月三十日発行/昭和四十二年十一月十日二十二刷改版/昭和六十年十一月十日五十刷・131頁。カバー表紙折返しに「カバー 難波淳郎」とある。絵柄は上部に大きく「オリンポスの果実」と書名、その下に紺色でやや小さい字で「田中英光」、下部中央に「新潮文庫」と文字がいずれも横書きで入り、左上から右下にかけて、黄土色や紺色・緑色の水彩で点々と、抽象画のような、しかし見ようによっては果実の実った枝のようにも見える絵である。
 ところが、その後借りた別の図書館の本は表紙が変わっていた。「カバー 松 本 孝 志」であって、左上に横書きで「田中英光」、書名は右上に緑色で縦書き「オリンポスの果実」とペン習字を太くしたような書体で入り、左下に横書きで「新潮文庫」と入る。絵柄は水彩で背の高い体格のよい男性が後ろ向きで素描されている。本文にはなんら改変はない。89頁1行目の「以合わない」もそのままである。河上徹太郎「解説」(129〜131頁)も同じ。せいぜい、奥付の前に入っている新潮文庫の目録のうち、「新潮文庫最新刊」が4頁あったのが3頁に減ったくらいである。奥付も違うのは「五十刷」の行が「昭和六十一年五月十日五十一刷」となっているのみ。すなわち五十一刷に際してカバーの変更があったわけだが、その理由はカバー裏表紙を見ると分かってくる。
 五十一刷では中間に上下を仕切る横線が引いてある。これが五十刷では中間だけでなく最上部にも横線が引かれている。この中間線の上の右側(四分割した右上部分)に11行に亙って説明が入っている。これは字配りも含めて五十一刷と同じである。五十刷では左上は空白だが、五十一刷ではここの上部にバーコードが2つ入り、下に「定価280円(本体272円)」とある。五十刷では中間線のすぐ下に「ISBN4-10-107601-4 C0193 \240E 定価240円」と入り、そのすぐ下の中央部に新潮文庫ロゴマーク(葡萄)があって、後は余白である。五十一刷では中間線のすぐ下左寄りに「ISBN4-10-107601-4/C0193 P280E」と2行に入り、右にロゴマーク(葡萄)がある。要するに消費税導入(定価も改定)とバーコード導入によってカバー裏表紙のデザインを変更するに当り、表紙絵をも変更したわけだ。

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 と、かつて推測したのだが、今回投稿してしまった直後に気になって調べてみると、消費税法の成立は昭和63年(1988)12月24日(30日付)で平成元年(1989)4月1日公布・施行である。だとすると新潮文庫五十一刷の昭和61年(1986)5月10日から施行までは約3年の間がある。そうすると、五十一刷も消費税施行までは難波淳郎のカバーで、施行を機に松本孝志のカバーに切り替えた、ということなのであろう。名推理という訳には、なかなか行かない。