瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

上野顕太郎『帽子男』(1)

 私が東京に出て来て驚いたのは、区立図書館がいくつもあることで、それまでバスで、電車で、歩いて1時間掛けて(歩くのが好きだったのだ)、市区に1館しかない図書館に通っていたのが、そこいら中に図書館がある。しかも、カセットテープやCD・漫画などまで貸してくれる。漫画に至っては、全巻セットでまとめて貸してくれる。ただ、その頃には私は漫画を読むのが何だかツラくなっていたので、借りたことはないのだが、とにかく吃驚した。
 それでもさすがに今でも上野顕太郎の漫画はないだろうと思っていたが、東京都公立図書館横断検索では、江東区台東区練馬区の図書館に『さよならもいわずに』が所蔵されていた。帽子男以来の、その後暫く上野氏の所在を見失った時期もあった(たまに思い出しては、止めてしまったのではないか、とか、生きてるのか、などと本気で思ったものだ)読者としては、最近の氏の健筆ぶりには、悦ばしいと同時になんだか寂しい思いがある。それでもまさか、皆が「上野顕太郎が……」と話を振られて注釈なしに対応出来るようにはならないだろうが……。

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 上野顕太郎の「帽子男シリーズ」は、当時『帽子男は眠れない』『帽子男の子守唄』の2冊にまとめられた。私はまず『帽子男は眠れない』を友人の実家に泊まりに行った折に読み、その後『帽子男の子守唄』が出てこれも、大学卒業後もしばらく繁く行き来のあった同じ友人に借りて読んだ。
 大学院でも妹が「モーニング」(講談社)を購読しているという先輩が「帽子男」を知っていて、上野氏の話が出来た。ところがその妹情報に拠ると、その後しばらくして上野氏は「モーニング」から姿を消したとのことで「生きてるんだろうか?」と心配になっている、というのであった。――確かに、『帽子男は眠れない』はまさに衝撃だったが、『帽子男の子守唄』でのトーンダウンは否めなかった。
 大学生の頃は、漫画雑誌を買って来ちゃサークルBOXに放置しておく者がいて*1、漫画も読んだが、卒業と同時に手にする機会も目にする機会もなくなった。新聞の4コマ漫画も読まなくなった。
 そんな折、上野氏の『夜は千の目を持つ』刊行を知った。本屋では見当たらず、友人とも疎遠となっていた(新婚家庭の邪魔をしてはいかんと思ったらそのまま音信不通に近くなってしまった)のでAmazonで注文したが、――上野氏は健在だった。全く、期待を裏切らぬ傑作だった。そして、どうしても手許に備えて置きたくなって、とうに絶版になっていた『帽子男は眠れない』『帽子男の子守唄』の、中古品を注文したのである。
 一昨年、エンターブレインから出た『帽子男』と『五万節』は、この2冊を編集し直したもので、しかも判型も、A5判がB6判に縮小されており、正直買おうかどうか迷ったのだが、前者には新作が、後者には単行本未収録作が入っているというので、Amazonからのご案内メールに乗せられる恰好で注文した。
 前回、『五万節』の書影を示していなかったので、ここに掲出して置く。

五万節 (BEAM COMIX)

五万節 (BEAM COMIX)

 『帽子男は眠れない』『帽子男の子守唄』では「帽子男シリーズ」だけでなく、雑多な作品が混在していた。以下、この2冊を講談社版と総称するが、これに対してエンターブレイン版の2冊は、講談社版では2冊に跨っていた「帽子男シリーズ」を『帽子男』1冊に集大成し、そして『五万節』にそれ以外の雑多な作品群を集成したものである。この辺りの事情は『帽子男』286〜287頁(頁付なし)の上野顕太郎「あとがき」及び288頁(頁付なし)の編集付記に当たる文章、『五万節』280〜285頁(頁付なし)の上野顕太郎「あとがき」の冒頭(280頁)に明示されている。
 『帽子男』の「あとがき」で上野氏は「前作*2をお持ちの方には申し訳ない限りだが、持ってない方々のお手元に届ける事を主眼として作らせていただいた」と述べている。しかしながら、当然のことながらエンターブレイン版には見えない要素が講談社版にはいくつかあるので、まず表紙が違うのはもちろんのことながら、本体の表紙にあった駄洒落小咄もエンターブレイン版には再録されていない。
 『帽子男』の目次を見ると「CHAPTER 1/BOUSHI-MAN NEVER SLEEP/(「帽子男は眠れない」篇)」として20作、「CHAPTER 2/LULLABY OF BOUSHI-MAN/(「帽子男の子守唄」篇)」として11作、「CHAPTER 3/BOUSHI-MAN ONLY LIVES TWICE /(「帽子男は二度死ぬ」篇)」として3作が並ぶ。CHAPTER 1と2は講談社版の2冊の収録作が順番もそのまま再録されており、最後のCHAPTER 3が「コミックビーム」に連載された新作である。
 これも詳細に比較してみると、実は同じではない。全作「帽子男」と題に入っているのだが、『帽子男は眠れない』には「静かなる決闘」「車中の対決」という、題に「帽子男」の文字のない作品が2つあった。これが『帽子男』では「帽子男・静かなる決闘」「帽子男・車中の対決」と「帽子男」を冠する題に変えられている。本文を見ると、『帽子男は眠れない』では明朝体の太字だった題が、『帽子男』ではゴシック体の太字に改められていることに気付いた。これは講談社版・エンターブレイン版通しての改変である。なお、「静かなる決闘」は『帽子男は眠れない』(173頁)『帽子男』(99頁)ともに左下隅に縦書きで入っているが、「車中の対決」は『帽子男は眠れない』(181頁)では2コマ目の右上に縦書きだったのが、『帽子男』(107頁)では2コマ目の上部に横書きになっている。(以下続稿)

*1:「アサヒ芸能」を買う未成年もいたが。

*2:講談社版を指す。