瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

森鴎外『雁』の文庫本(4)

 新潮文庫の昭和五十三年十月三十日六十一刷のカバーについて。本当は昭和六十年七月五日七十五刷を借りてきて、その本体とカバーと比較しながら記述したかったのだが、この状態ではなかなか借りにも出られないので、平成六年九月五日九十三刷と比較しながら記述する。
 カバー表紙折返しの右下に、縦書きで「カバー 川田幹」とあるのは同じ。しかしながら、表紙のレイアウトからして異なっている。九十三刷では、絵の上に余白が3.2cmあり、そこに明朝体で、左上に黒・1.5cm角の「雁」、右下に「森 鴎外」と赤で入っている。絵の下は境界がはっきりしないが約1.5cmの余白があり「新潮文庫」と、いずれも横書きで入っている。
 これが六十一刷では、絵は同じだが上の余白がない。下に約4.7cmの余白があり、左に黒・約2.0cm角の「雁」、その右に「森鴎外」とあるはずだが、バーコードに隠れて黒い「外」の字の右隅がかろうじて見えるのみ。右下に「新潮文庫」と、いずれも横書きで入っている。
 背表紙は九十三刷が鶯色の地で、上部に「雁」中央やや下に「森 鴎外」と明朝体で、下部に白く角切り長方形の枠「も 1 1」そのすぐ下に「新潮文庫 280」とゴシック体で入る(280の下に太い下線)。これに対し、六十一刷の文字の位置は同じだが、白地で作者名の上に川田氏の描く杉の木が2本(背表紙に収まるくらいだからごく小さい)あり、下部には「新潮文庫 〔草〕 二〇A 120」とある。
 大きく異なるのは裏表紙で、表紙からの続きで格子が続く。そして、右は下部が板で上部が障子の引き戸2枚の玄関で、右側の障子に「御した/て處」の文字があり、これは「拾陸」に見える「お貞」という「右隣の裁縫のお師匠さん」に合致する。してみるとやはり表紙の絵は、鳥籠は見えないが「お玉」の囲われていた家なのである。そして下部約6.5cmが余白となっており、そこに九十三刷と同じ紹介文が、横書き6行で入っている。一応改行位置を示す。「貧窮の……はかる/が果さ……二人暮/しのお……るが、/偶然の……な一女/性の自……形式を/とり、……」そして左下に「0193-1020……」とあるがバーコードにより以下は読めない*1。右下に「¥ 120」。
 このカバー装画が表紙から裏表紙へ連続しているのは3月15日付「田中英光『オリムポスの果實』(04)」に紹介した「昭和五十三年五月三十日三十九刷」の新潮文庫オリンポスの果実』と同じである。カバーを広げて眺めていると、なんだか現行の表紙では半分損しているような気分になって来る。
 カバー表紙折返しは「カバー 川田幹」の他は余白。裏表紙折返しは上部に「新潮文庫*2森 鴎外の作品/雁/青年/ヰタ・セクスアリス阿部一族舞姫山椒大夫高瀬舟」、下部に小さく「カバー印刷 錦明印刷」とある。
 奥付や広告についても、書いておく。(以下続稿)

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 勤め先の近くの図書館に行く。17時閉館。窓に近いカウンターは照明を消して、行列が出来ている。
 見ると、自動貸出機が停止していた。他の区の自動貸出機も停止しているのだろうか。それで、いつもは1人2人立っているだけのカウンターが、4人でフル稼働している。
 館内はにぎわっていた。
 新聞の縮刷版を見ようと思っていたのだが、公開書庫は閉鎖されて利用したい本があれば館員に申し出るよう張り紙が出ていたので断念。
 昨日の夕方(17時50分頃)にも、ロープを張ったカラーコーンに「本日完全閉店」の張り紙が出て消灯したガソリンスタンドを見て、まだ空が明るいのでなんだか廃業してしまったかのような光景だったのだが、今日はその一時間以上前に都内のガソリンスタンドが同様に「本日終了」の張り紙を出して閑散としているのを見た。目の前の通りも閑散としていて、いつも信号のない横断歩道を渡るタイミングを計るのに苦労しているのが、今日ならどこでも渡れそうである。
 地元の道路も閑散としている。夜も、静かな気がする。アジアカップで夜中に盛り上がっていたのが嘘のようだ。

*1:【5月31日追記】昭和五十二年七月三十日五十八刷を借りて来た。カバーや奥付の形式は六十一刷と同じのようである。ここの数字は「0193-102001-3162」である。なお、3月20日付(5)にも注記。

*2:左右に波線がある。