瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(16)

 【B】の続き。最後まで。

『それだからね。』と、重兵衞さんは仔細らしく息をのみ込んだ。『おれも急にぞつとし/たよ。いや、俺にはまつたく何にも見えなかつた。彌七にもなんにも*1見えなかつたさ/うだ。が、小兒は顫へて怖がる。犬は気狂ひのやうになつて吠える。なにか變なこと/があつたに相違ない。』
『そりやさうでせう。大人に判らないことでも子供にはわかる。人間に判らないこと/でも他の動物には判るかも知れない。』と、親父は云ひました。
 私もさうだらうかと思ひました。しかし彼等を恐れさせたのは、その旅人の背負つ/てゐる重い罪の影か、あるひは殺された女の凄慘い姿か、確には判斷がつかない。何/方にしても私はうしろが見られるやうな心持がして、だん く に親父のそばへ寄つて/行つた。丁度彼の太吉といふ子供が父に取付いたやうに……。
『今でもあの時のことを考へると、心持がよくありませんよ。』と、重兵衞さんは又言ひ/ました。
 外には暗い雨が降りつゞけてゐる。亭主はだまつて爐に粗朶を炙べました。――そ/の夜の情景は今でもあり く と私の頭に殘つてゐます。


 振仮名の一覧。

ぢうべゑ・しさい・いき・こ・きふ/おれ・なん・み・や・み/こども・ふる・こは・いぬ・きちが・ほ・へん/さうゐ
おとな・わか・こども・にんげん・わか/た・どうぶつ・わか・し・おやぢ・い
わたし・おも・かれら・おそ・たびゝと・せお/おも・つみ・かげ・ころ・をんな・ものすご・すがた・たしか・はんだん・どつ/ち・わたし・み・こゝろもち・おやぢ・よ/い・ちやうどか・たきち・こども・ちゝ・とりつ
いま・とき・かんが・こゝろもち・ぢうべゑ・またい/
そと・くら・あめ・ふ・ていしゆ・ろ・そだ・く/よ・じやうけい・いま・わたし・あたま・のこ

*1:光文社文庫版ナシ。