瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

平井呈一『真夜中の檻』(10)

 もう少々根拠となりそうな記述を引いてみよう。
 主人公が麻生家から脱出しようとして、裏山に登ってみる場面(100〜102頁)に、裏山からの眺望(101〜102頁)が記されている。これが「法木作村」の位置を考える上で、参考になろう。

 登り切ってみると、なるほどいい眺めだった。頂上はかなりの広さの草地になっていて、低い灌木がところどころにはえていた。高いといっても、ちょっとした丘に毛のはえたぐらいの高さだが、あたりに遮る物がないので、四方見通しである。右手を見ると、はるかかなたの地平に白い紐のような往還が一本見え、その先に黒い家並みらしいものが一固まりゴチャゴチャ密集しているのがO――町であろう。大きなS――川がブリキの切屑みたいに鈍く光っている。そのむこうの青い山が低く続いている上に、頭に白いものをすこしのせている紫色の山がにょっぽり立っているのが、あれが何とか銀山であろうか。
 反対の左手の方を見ると、こちらは折り畳んだ青い羅紗のような山の襞がいくえにも重なりあって、先へいくとだんだんそれが高くなっているが、ずっと先は雲のなかに隠れていて、治(以上101頁)作のいう黒姫という山はそのなかのどれなのだか、見当がつかない。すぐ手前の目の下を、S――川よりも細い川が一本、うねりながら流れている。
 こういう雄大のまねごとみたいな景色は、これという焦点がないのでとりとまりがなくて、どうもわたしは苦手なのだが、……
  (2段落略)
 はるか遠い風景のなかを、なにか黒い長いものが音もなく見え隠れしながら、虫のように動いているのが見える。東京行きの汽車だ。……


 「灌木」は「喬木」の反対で低い木という意味だから「低い灌木」は馬から落馬した、みたいで変だ。
 それはともかく、麻生家の裏山だが、「法木作村」の中ので麻生家の位置は、「O――町」すなわち小千谷の町のソバ屋のおやじが「駐在があるろう、あこから右に切れてさね、山のいちばんどん詰まりぞ。……」と教えていた(25頁)。現在の地図を見るに、モデルの集落に駐在所はないが、東から西向きに集落に入って「村の中心」らしい場所にある「駐在所」(30頁)から「右」すなわち北に進んでその「どん詰まり」であれば、集落の北端辺りの見当になろうか。そうすると、裏山は標高339mの「向山」の南にある、集落の北を区切る標高320m余の山が候補となろうか。小千谷市長岡市小国町の境界線にある向山と道見峠の中間辺りである。もちろん小説なのだから、そこまで考える必要もないのだが、一応立脚点を定めるために決めて置くまでである。
 私は現地には行っていないので、地図で見た感じで言うのだが、ここからだと、小千谷中心市街は北東、その先に「S――川」信濃川が流れ、小千谷駅の南辺りを通る列車も見えそうだ。
 「何とか銀山」というのは、右の引用に名前の出る「治作」――麻生喜一郎の異母兄内山治作の、主人公との対話(96頁)に出て来ていた。

「ここの裏山へのぼるといい景色だけんな。みんなおらがの家の山だんが、景色がいいでよ。こんど案内するかのう」
「ええ、ぜひ一つ。蔵の裏の道から登るんですか?」
「うむ。……黒姫さまも見えるしの、ずっと佐渡まで見えるしの、八海銀山も見えるしの。八海銀山熊来うやいうての、夏も雪があるで。高いすけのう。どらほどあるろうか、よっぽど高いろう。いい景色だけんな、うむ」


 この辺りについては、次回に回すことにする。(以下続稿)