瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

太宰治『斜陽』の文庫本(4)

新潮文庫261(4)
 カバー裏表紙、百刷と百七刷は一致。百二十四刷はISBNコードが13桁になっているのみ*1。八十六刷はバーコードなく、右上に紹介文11行、その上と下に横線、下の横線の下にISBNコードとCコードと定価「P220E 定価220円」が1行に列び、定価のすぐ下に「(本体214円)」とある。
 紹介文だが、八十六刷が「昭和22年に発表され、“斜陽族”とい/う言葉を生んだ太宰文学の代表作。」の2行で始まっているのが、百刷・百七刷・百二十四刷はこれが最後に来ている。八十六刷の最後の1行は「四人四様の滅びの姿のうちに描く。」で終わっているが、百刷・百七刷・百二十四刷はこれが最後の1文の前にある。八十六刷の3〜5行めは「真の革命のためには、もっと美しい/滅亡が必要なのだという悲愴な心情/を、没落貴族の家庭を舞台に、最後」となっているが、「心情を、」までは百刷・百七刷・百二十四刷では「四人四様」の前に置かれており、「没落貴族の家庭を舞台に、」は6行めの頭で「真の革命」の前になっている。「最後/の木貴婦人である母、」と八十六刷は続くが、百刷・百七刷・百二十四刷ではこれが冒頭に来ていて、以下1〜5行に「かず子」、「直治」と紹介されて最後が「上原。」となっている。八十六刷も5行めの最後から同文で10行めの最後が「上原の、」で、最後の1行(11行め)に続けている。すなわち、同文の順序を変えただけで「の、」を句点「。」に置き換えただけである。
 扉のレイアウトは三十九刷・八十二刷改版(八十六刷・百刷)・百四刷改版(百七刷・百二十四刷)ともに基本的に同じ。次に中扉で標題が入る。偶数頁は白紙。4頁までは頁付なし。5頁から本文。三十九刷は166頁まで、1頁18行、1行43字。八十六刷・百刷()は172頁まで、1頁18行、1行41字。は203頁まで、1頁16行、1行38字。
 三十九刷には注の類はないにが、どうもに改版される前に、渡部芳紀「注解」が追加されたらしい。では173〜183頁で(一四一)項目、では204〜218頁、通し番号を止めて「ページ」で示す形式に改めているが項目数は141で同じ。
 その次、奥野健男太宰治 人と文学」184〜193頁219〜230頁、末尾に(昭和四十七年九月、文芸評論家)とある。続いて柄谷行人「『斜陽』について」194〜200頁231〜238頁、末尾に(昭和四十九年二月、文芸評論家)とある。「年譜」201〜206頁239〜244頁、2段組、1段21行、1行23字。異同があるが比較は後日に回す。
 に改版されたのが昭和62年(1987)だから、それ以前からあったはずだが、の改版がなされたと思しき三十九刷は昭和42年(1967)である。ここに7月2日付(2)に指摘したように、国会図書館所蔵の「39刷改版」の頁数が、私の見た三十九刷そのものと頁数が違っている理由があるのであろう。三十九刷には本文の次、167〜172頁「解説」豊島与志雄があってその次に奥付があった。
 豊島氏・奥野氏・柄谷氏の3つの文章がどのように組み合わされていたのか、は昭和42年に改版された段階では豊島氏の文章のみであった。豊島与志雄(1890.11.27〜1955.6.18)は太宰氏の葬儀委員長だったが、昭和30年に死んでいるのでこの「解説」はに既に存在したのであろう。そしては奥野氏の評伝と柄谷氏の作品解説になっている。末尾に示された年月の直後の改版で組み込まれたのであろうが、豊島氏の「解説」は、柄谷氏の解説と並ぶことはなかったであろうが、奥野氏の評伝と並べて掲載された時期もあったのであろうか。
 三十九刷はまだ新潮文庫が最後の頁に奥付を配置する以前だから、奥付の裏から「日本文学」の目録で1〜11頁。うち10頁までは「小説(草色帯)」、11頁は「芸術一般(青色帯)」、1頁ごとに角切の単郭のうちに3段組、1段に最大で17点。標題、著者、漢数字で定価。太宰氏の作品は2頁めの上段の左端、12〜17点め「晩    年 太 宰  治 一二〇/斜    陽 太 宰  治 八〇ヴィヨンの妻 太 宰  治 八〇/津    軽 太 宰  治 九〇/人 間 失 格 太 宰  治 九〇/富 嶽 百 景 太 宰  治 一〇〇」とある。
 八十六刷・百刷は「文字づかいについて」があってその裏が奥付、目録の類はない。奥付は発行日・発行者の他、郵便番号が3桁から7桁、「電話」が業務部/編集部の順だったのが編集部/読者係に、番号も「(〇三)二六六−」だったのが「(〇三)三二六六−」に1桁増えている。「振替」番号も「東京四−八〇八番」が「〇〇一四〇−五−八〇八」*2、それから「© Michiko Tsushima 1947」とあったのが百刷では著作権が切れたのでなくなっている。
 百七刷と百二十四刷、1頁6点掲載の目録が8頁ある。ほぼ同じだが7頁めの4点め幸田文『闘』が『雀の手帖』に差し替えられている*3。続いて「新潮文庫最新刊」が3頁、奥付。奥付は発行日、ISBNコードが10桁から13桁になっている他は「製本・加藤製本株式会社」→「製本・株式会社大進堂」*4。(以下続稿)

*1:2016年5月5日追記】百九刷は百刷・百七刷に同じ。百十六刷は百二十四刷に同じ。

*2:2016年3月29日追記百四刷改版は振替番号がなくなって空白になっている。

*3:2016年5月5日追記】百九刷・百十六刷ともに7頁めの4点めは幸田文『闘』である。

*4:2016年3月29日追記百四刷改版をこのメモとの比較するに、百七刷に同じ。【2016年5月5日追記】百九刷と百十六刷の異同はそれぞれの発行日の他、百九刷はISBNコード10桁で「製本・加藤製本株式会社」、百十六刷はISBNコード13桁で「製本・株式会社大進堂」。