瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

夏目漱石『それから』の文庫本(5)

・角川文庫321(5)
 ここまで、363頁の昭和56年(1981)11月の改版二十三版・昭和60年(1985)11月の改版三十四版、そして335頁の平成6年(1994)6月の改版五十七版・平成18年(2006)3月の改版六十八版・平成20年(2008)11月の改版七十一版の、主に改装について見てきた。ここで、今手許にある改版二十三版と改版六十八版とを比較しつつ、内容について確認してみたい。
 1頁(頁付なし)扉、2頁(頁付なし)、改版六十八版には何もないが改版二十三版は左下に「本書は現代表記法により、原文を新字・新かなづかいに/したほか、漢字の一部をひらがなに改めた。(編集部) 」とある。3頁「目次」、改版二十三版の方が5行多い。5頁(頁付なし)中扉、6頁から本文、改版二十三版は1頁18行、1行43字、291頁まで。改版六十八版も1頁18行だが1行42字になっており、298頁まで。「注釈」は1行48字、改版二十三版292〜303頁、1頁21行。改版六十八版299〜309頁、1頁22行、ともに125項。
 「解説」が改版二十三版では304〜344頁まであったのに対し、改版六十八版では310〜326頁に減っている。
 すなわち、改版二十三版はまず304頁2行め〜311頁11行めに本多顕彰夏目漱石――人と文学」、311頁12行め〜319頁1行めに角川源義「作品解説」、319頁2行め〜334頁に武者小路実篤「「それから」について」末尾に(一九一〇・三)(明治四三・四『白樺』)とある。335頁〜343頁12行めに阿部次郎「「それから」を読む」末尾に(四十三年五月二十一日)(明治四四・三『影と声』)、343頁13行め〜344頁に芥川龍之介「長井代助」末尾に(一月十三日)(大正一〇・二『新潮』)。 
 改版六十八版にそのまま引き継がれているのは角川氏の「作品解説」(318頁11行め〜326頁)だけで、310頁〜318頁10行めに「夏目漱石――人と文学」という文章はあるが丸谷才一の執筆で、挿入されている写真も改版二十三版5図が改版六十八版は4図(他に印影が1つ)だが、全て差し替えられている。
 改版六十八版は次に327〜335頁「年譜」がある。これは改版二十三版と(たぶん)同じもので、ともに2段組1段21行、1行23字、冒頭の見出しは2段抜きで改版二十三版は3行分取っていたのが改版六十八版は4行取りなので、その分のズレがある。
 改版二十三版にはその前にまず、345〜350頁「文献抄」として、345頁2行め〜「「それから予告」(明治四二・六・二一『朝日新聞』)と予告執筆についての伺い「東京朝日新聞社社会部山本松之助宛書簡 明治四十二年六月十二日」と予告の添状「山本松之助宛書簡 六月十二日」、346頁6行め〜「漱石日記より(明治四十二年)」五月三十一日・六月一日・二日・二十七日・七月十六日・十八日・八月五日・九日・十四日、348頁2行め〜「夏目漱石と代助」は「畔柳都太郎宛書簡 明治四十二年七月二十六日」、348頁6行め〜「二つのそれから批評に答えて」はまず「前掲の武者小路氏の「『それから』について」と、阿部次郎氏の「『それから』を読む」について漱石の応/えた書簡。」の説明があって、「武者小路実篤宛書簡 明治四十三年三月三十日」と「阿部次郎宛書簡 五月二十三日」「阿部次郎宛書簡 六月二十一日」を引用、最後に350頁10行め〜「ベルリンの寺田寅彦」として「書簡 明治四十三年一月二十一日」を引く。次に351〜354頁「主要参考文献」、1頁21行で63点が年代順に並び、最古は「赤 木 桁 平 夏目漱石(大六・五、新潮社)」で最新は「吉川幸次郎 漱石詩注(昭四二・五、岩波新書)」、すなわち『それから』の参考文献ではなく漱石についての参考文献である。
 「年譜」の最後の頁の裏はともに白紙で、奥付。奥付から目録類についてはそれぞれの版について既に記述した。