松本氏はこの、成長した子供の顔が父親に似ていないことで数年後に不義が露呈する、というパターンを他でも使っていて、私のたまたま読んでいた中では『死の枝』所収の「史疑」がそれであった。『死の枝』のことも機会があれば別に書くが、「史疑」の類似するパターンというのは、――実際には存在しない古書を盗み見ようとして嘘吐きの蔵書家を殺してしまった新進気鋭の日本史学者が、夜陰に紛れての峠越えの逃亡の途中、たまたまその山道を同行することになった若い女と関係を持ってしまう。その直後に女は結婚したので、出産当初は怪しまれなかったが、子供が長ずるに及んで夫と全く似ていない(しかも、女にもあまり似ていない)ことから夫婦不和となり、ついに夫が女を殺してしまう、という、そんな話だったが、陽子の顔が名和薛治に「似ている」のが問題になるのは、出生直後ではあるまい。
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と、ここまで書いて新潮文庫2226『死の枝』(昭和四十九年十二月十六日発行・平成二十一年八月三十一日五十三刷改版・定価552円・新潮社・353頁)を借りて来た。昭和42年(1967)に「小説新潮」に当初「十二の紐」と題して連載された連作推理小説である。
- 作者: 松本清張
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1974/12/16
- メディア: 文庫
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地方新聞に載せられた記事によると、その山村の農夫が妻の不貞を怒って草刈鎌で/斬り殺したという事件である。その不貞とは、妻が結婚当初すでに妊娠二カ月だった/のを夫は知らなかったというのである。つまり、結婚して八カ月ばかり経って妻は男/の子を産んだのだ。当初、妻は早産であることを主張してやまなかったので、亭主の/農夫は疑いながらも納得していたが、その子が次第に大きくなるにつれ、顔が全く自/分と似ていないことを発見した。のみならず、成長するにつれ、ますますその容貌が/自分と違ってくるのであった。農夫は醜男だったが、子供は母親にも似ず色白の可愛/い顔だった。しかも、父親は四角な顔で、母親は円顔だったが、男の子は細長い顔つ/きだった。
これが夫婦間の長い間の紛争だった。……*2
そして、子供の受胎からは凡そ7年後、出産からは6年半後の惨劇に至った訳なのだが、――「史疑」そのものについては、別に書くこととしたいが、この「女房殺し」は「装飾評伝」のパターンの応用ということになろう。嬰児のうちは誤魔化せるが、顔が母親ではなく本当の父親の方に似て来ると誤魔化せなくなる。「史疑」では本当の父親が行きずりの男ということもあって、「情夫の子」と疑う夫に「妻は、頑固に否定し」続けていた(148頁)が、「装飾評伝」の方は、誰の子か間違えようがないから、別の陰惨な経過を辿った、ということなのである。……母親そっくりでバレなかった、ということにしないのが、松本氏らしい、ような気がするのだけれども、松本氏の他の作品を殆ど読んでいないから、分からない。そんな気がするだけ。(以下続稿)