瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

四代目桂文團治の録音(6)

 放送での、前後の川戸氏と桂米朝のやりとりも、『上方落語ノート』等の米朝師の著書に書いていないことも語られているようで非常に興味深いのだが、自分のものでもないのに何もかも文字起しをするのは流石に厚かましいので自重します。探して聞いて下さい*1

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 さて、CDに話を戻して、解説書は6〜9頁が演目解説になっている。
 以下、誤植等気になったところを列挙して置く。
●「らくだ」6頁〜7頁下段14行め、●「帯久」7頁下段15行め〜9頁
・8頁上段12行め「桂米朝は」は「桂米朝が」。
・8頁下段4行め・11行め「松平大隈守」は「松平大隅守」。
・8頁下段4行め「実際に存在した」は「実在した」で良いのではないか。
・9頁上段17行め〜下段1行め「……、泉屋/と帯屋の栄枯盛衰が逆転する。……」としているが、「栄枯盛衰」では「+(栄)→−(枯)→+(盛)→−(衰)」という構成になっているところからも、栄えたり衰えたりを繰り返すニュアンスがあると思う。この場合は、単に泉屋と帯屋の立場が変わっただけなのだから、「盛衰」だけの方が良いだろう。
●「船弁慶」6頁〜7頁上段、●「寝床」7頁下段〜8頁下段2行め、●「鬼あざみ」8頁下段3行め〜9頁
・6頁下段6行め「南方軍茶利夜叉」は「南方軍荼利夜叉」。
・6頁下段11〜15行め、

……。俄とはその場にあ/る物を使った即席コントのようなもの。/享保頃に、夕涼み客の所望に応じて趣向/を競う「涼み俄」が大阪で流行したとい/う。

という説明は拙劣である。必ずしも「その場にある物を使」う訳ではないし、享保頃の流行は「夕涼み客」の縁で持ち出したのかも知れないが、享保年間(1716〜1736)では、この話とは直接関係がない。
●「初天神」6頁、●「いかけ屋」7頁〜8頁下段10行め、●「肝潰し」8頁下段11行め〜9頁
・6頁下段11行め「香さへ」は「香さえ」。
・9頁下段5行め「初演されとされ」は「初演とされ」か。

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 前回、Not Foundになっているとした「上方落語うだうだ話」ですが、10年前に印刷してじっくり読むためにコピー&ペーストして置いたものが、古いパソコンから移したデータの中に残っていました。ちなみに平成13年11月3日付の第26話は「速記 4代目文団治の「帯久」」です。しかし、こちらこそ、勝手に上げる訳には行きません。今なら上方話氏の文字起しの疑問点をチェックすることも出来るのですが。

*1:2015年11月8日追記Cavan_Club1954のブログ「趣味多き弁護士の仕事と遊びの両面の報告」の2015年10月26日付「早起き名人会の終焉」及び2015年11月03日付「早起き名人会のアップロードの中止について」に説明されている通り、聞けなくなってしまいました。今になってみると文字起しして置けば良かったと悔やまれます。何らかの形で聞くことが出来るようになるよう、希望します。