瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

小池壮彦『怪談 FINAL EDITION』(6)

 第十話「侑子」の続き。
 まず、ユウコに接触した事情だが『怪談』は簡潔に次のようにまとめている(32頁10〜12行め)。

 あのホテルは、かつて火事で全焼し、身元不明の女性客が死んでいる。営業再開後に幽霊の噂/がたつのは時間の問題だった。その取材が目的で、初めて会ったときの侑子は、陽気にはしゃぐ/二十歳の娘であった*1。その一年後、東電OL殺人事件が起きた。


 これで見ると、小池氏はホテル火災を知っていて、じき怪談が発生することになるだろうと見当を付けていたように読める。しかしながら『幽霊物件案内』では、冒頭(11頁2〜4行め)、

 渋谷の円山町にあるホテル。
 「――そこは、火事で焼けたことがあって、女の人がひとり死んだらしい。身元もわからなくて、そ/れっきりだったっていうけど、一度変なことがあった」

という体験者ユウコの、ぼんやりした説明以上のことは書かれていない。『東京近郊怪奇スポット』や『怪奇探偵の実録事件ファイル』などで、新聞記事を渉猟して対象を特定して見せていた小池氏にしては、「火事」で「あのホテル」が「全焼」というところまではっきりしている、その火事の時期を突き止めていない。特に、断定的な『怪談』の書き方だとここら辺りがぼんやりしているのが、どうにも気持ち悪い。
 しかるに四谷怪談を見ると、小池氏が円山町に注目していたのは「営業再開後」に怪異現象が起こりそうだと予想していたからでも何でもなくて、別の目的があったことになっている。「平成九年(1997)のこと」と前置きして(160頁3行め)、以下のように述べている(4〜11行め)。

 そのころ私は、渋谷・円山町のホテル街に幽霊が出るという噂を追跡していた。
 ホテルに囲まれた敷地の中に、ぽつんと公園がある。夜な夜なブランコがゆれるとか、人魂/がさまようなどの噂は古くからあった。赤いワンピースの女がうろつくという話もあり、かつ/てホテルで殺された女らしいという噂も囁かれていた。
 薄気味悪い感じのするポイントであることは確かだが、多くは噂にすぎない。女の幽霊と言/えば、決まって赤いワンピースがユニフォームというのもどうかしている。
 しかし、私が聞いたのは、それらの噂とは別件の呪いの逸話であった。あるホテルに泊まっ/たという女性から直接聞いたことなので、無責任な噂とは一線を画する。


 この円山町の幽霊は、既に平成2年(1990)発売の『日・本・列・島 恐怖の幽霊ゾーン』というビデオ*2でも「恐怖の霊障地帯 円山町」として取り上げられている。
 このビデオのことは小池氏も取り上げている。
小池壮彦怪奇探偵の調査ファイル 呪いの心霊ビデオ』2002年7月20日初版第一刷発行・定価933円・扶桑社・271頁・四六判並製本

呪いの心霊ビデオ―怪奇探偵の調査ファイル

呪いの心霊ビデオ―怪奇探偵の調査ファイル

 この本の詳細は別に取り上げることにしたい。差当たり関係する箇所だけ見て置くと、199〜267頁「PARTIV 心霊ドキュメンタリー」220頁5行め〜223頁12行め「名所案内系心霊ビデオ」の節、223頁3〜6行めに以下のように見えている。

 ぜんぶで一七カ所の怪奇スポットが紹介されるが、シブイところで都内渋谷の/「円山町のホテル街*3」をセレクトしているのが秀逸であろう。このビデオが作ら/れた当時、円山町の怪談は知る人ぞ知る逸話であった。ホテルで殺された女の霊/がさまようのである。

 
 ビデオは廃盤だが複数の動画サイトで閲覧出来る。小池氏は「ホテルで殺された女の霊がさまようのである」というのだが、このビデオでは別にそんなことは言っていない。――ナレーションが3箇所に入っており、まず「東京渋谷、円山町。ラブホテルのネオン輝くこの色街が、実は都内の隠れた幽霊ゾーンだという。」というのだが、「ブランコ、滑り台、ジャングルジム。昼間見ると、何の変哲もない遊具が、ホテルのネオンが輝く頃には、霊たちの溜まり場になっているのだ。」という、何ともぼんやりした内容で、「この色街で、お互いの欲望を剥き出しにしていがみ合った、男と女の怨念が、ぶつかり合っているのだろうか。それとも、欲望の街に、疲れた男と女たちの霊が、トウシンに返って、戯れているのだろうか。*4」との憶測を付けて済ましている。これでは確かに、もう少々はっきりさせられないか、という気持ちにさせられる。
 小池氏がこの円山町の幽霊の追跡を、その後もなんとなく続けていたことは、163頁8行め「優子の一件」から「しばらくして」聞いた「もうひとつの情報」についての記述から、はっきりする。

 やはり円山町の怪談だが、化け物のような女がホテル街の路地にたたずんで、客を引いてい/るという。どんな化け物なのか、これも語りにくいことだったらしいが、私にこの話をした人/によれば、ひょろりとした厚化粧の女である。遠くから見ても手足が異常に長く伸びているの/がわかる。夜になるとあらわれるから、なんなら見にいけばいいと。
 この話を聞いてからしばらくして、東電OL殺人事件が起きた。


 小池氏は見に行かなかったようだ。164頁6〜7行め「もちろん、事件の被害者と怪談との関係はわからない。/仮にわかっていても、それは非常に言いにくいことである。」としている。しかしながら、小池氏が「怪談」扱いしている「もうひとつの情報」は、異様ではあるが怪異でも何でもない。それはともかく、この事件の「ニュースが盛りあがるにつれ」て、小池氏は「憂鬱にな」る。何故かと云うと「現場があのように注目されてしまうと、/怪談の取材もしにくくなる。というより、まったく取材ができなくなった。」から(163頁15〜16行め)で、そういう「迷惑」以上に小池氏を「げんなり」させたのは「事件のおか/げで円山町の怪談が、いっそう語りづらいものになったことだった。」(164頁1〜2行め*5)。
 長い引用になったが『四谷怪談』を見ると、小池氏の目的は「円山町の怪談」取材にあって、その過程でユウコに会い、そうこうするうちに東電OL殺人「事件の報道が過熱したので、」本来の目的であったはずの「怪談の追跡取材はあきらめた」ことになっているのである(164頁8行め)。(以下続稿)

*1:ルビ「はたち」。

*2:冒頭のタイトル。箱には「日本列島 恐怖の幽霊ゾーン」とある。

*3:ルビ「まるやま」。

*4:「童心」かと思うのだが「とうしん」と聞こえる。

*5:165頁7行めにも「……。/渋谷のホテル街の怪談そのものが、すっかり語りにくいものになってしまった。」とある。