瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(34)

 昨日の続きで、大宅壮一「「赤マント」社會學」の「」章からの抄出の続き。(本欄423)頁中段19行め〜(本欄424)頁上段10行め、ちくま文庫『犯罪百話 昭和篇』346頁15行め〜347頁15行め。

 最初この流言のもつとも有力な媒介をした/のは子供であるが、なるほどこの流言は子供/【本欄423中段】の|心理に喰ひこみやすい性質を具へてゐる。
 誰でも幼時を追想して、どんな夢を一番よ/く見たかといふと、たいて*1は何等かの恐怖を/|【文庫346頁】伴つたものである。恐怖感は、兒童心理にお/いてもつとも大きな役割を果してゐる。智能/が|發達して、恐怖を免れたり征服したりする/方法がわかつてくると共に、心理生活におい/て恐|怖の占める分野が縮小し、恐怖の壓力も/減退することはいふまでもない。
 しかし恐怖の壓力をもつとも強く感じるも/のにとつては、恐怖はまた最大の魅力ともな/る|のである。それは子供ばかりではなく、未/開人や教養の乏しい婦女子などについても同/樣の|ことがいへる。彼等にとつて一番怖ろし/いものである「お化け」や「幽靈」の出てく/る芝居|が、彼等の間に一番愛好されるのもそ/のためである。
 近頃當局の取締が嚴重になつたので非常に/少くなつたが、これまで子供たちの間に歡迎/さ|れてゐた紙芝居の大部分は、兒童の恐怖心/に訴へたものであつた。その中でも最大の人/【本欄423下段】氣を|呼んでゐたものに、「黄金マント」といふ/のがあつた。これは江戸川亂歩の探偵小説「/黄金|假面」にヒントをえて、これを兒童むき/に改作したもののやうである。かやうに以前/の紙芝|居には、探偵小説を燒き直したものが/多く、それらが一番子供たちにうけてゐたの/は事實で|ある。
 したがつてこんどの「赤マント」にからま/る流言も、かかる心理的素地の上に發生した/も|のと解するのか*2、一番妥当であらう。


 前回引いたのがこのデマの直接的な原因を推測した箇所でしたが、その続きは子供がこのデマを真に受けることとなった心理的素地について推測しています。
 ところで、「黄金マント」という紙芝居はないらしいし、「最大の人気を呼んでいた」というのだから「黄金バット」のこととしか思えません。いえ、当時の読者は11月4日付(14)に引いた岩佐東一郎「赤いマント」冒頭の「アレ」と同じく、当然「黄金バット」のことだと分かったでしょう。従って、わざと間違えているとしか思えないのですが、荒唐無稽の紙芝居など大丈夫たる者の論ずるに足らずという意気を示すために斯様にしたものでしょうか。私は江戸川乱歩(1894.10.21〜1965.7.28)の作品は天知茂(1931.3.4〜1985.7.27)主演の明智小五郎のシリーズを夕方の再放送で見たくらいで、これも母が天知茂明智小五郎のファンだったので、おっぱい丸出しの2時間ドラマを親子で見ていたのですが、小説の方はまともに読んだことがなく、「黄金バット」と「黄金仮面」が似てるのだが似てないのだが似てるとしてどこまで似てるのだかどうだか分からないのですが、これもどうやら見当外れのことを、同様の理由でわざと書いているように思えるのです*3
 それはともかくとして、ここから、いよいよ大宅氏が「赤マント」事件を「社会学」的に分析して見せる段になるのですが、正直なところ、事件そのものとは関係なくなりますので引用するのはここまでにして、次回、大体どんな主張をしているのかをざっと眺めて、また新聞記事に戻ろうと考えています。原文の気になる方は『犯罪百話 昭和篇』を見て下さい。(以下続稿)

*1:ちくま文庫「たいてい」。

*2:ちくま文庫「が」。

*3:11月12日付(22)及び11月13日付(23)に引いた、昭和14年2月21日付「やまと新聞」「萬朝報」に載る刑事部長の談話に「黄金バット」と「黄金仮面」を並べて挙げていたのを思い出しましたけれども。