瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(56)

 昨日の続きで加藤秀俊「「赤マント」と「月光仮面」」について。

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 昨日まで引用した箇所の次に10行の1段、5字下げ2行取りの「☆」があって、次のまとまりは17行と8行の2段落、2つめの段落の1行めまでが2段め。ここに「権力者、ないしは権力に接近しうる人物」が「マントを着用した」のだが、現在では「完全に少数派」で「かつての男のプライドのシンボルとして信仰の対象となっているのだ」としています。
 また「☆」を挟んで最後のまとまりはまず22行の段落、うち左側18行は下部に「KRテレビ『月光仮面』より」との横組みキャプションが上に附された写真が挿入されるため1行8字。そして1行分空白があって、また赤マントについてのコメントがあります。

 赤マント時代/には、現実社会で/マントが横行して/いた。あんまりマ/【3段め】ントが多いものだから、われわれ/はそれを恐れ、憎んだのである。/


 以下10行略。最後にやや小さい字で「(筆者・京大人文科学研究所員)」とあって、その左は3段め左側の下部に割り込んでいた写真。
 この加藤氏の論ですが、もっと詳しく引くべきだったかも知れませんがそれでは半ば以上引いてしまうことになりますので以上に止めました。――1つの見識ではあると思うのですが、やはり頭の良い人が後付で解釈して見せた、という印象を拭えません。昭和14年(1939)2月の新聞報道を辿って来た限りでは、当時そんな御大層なものと意識されてはいなかったと思えます。ここで加藤氏の語っているイメージはどちらかというと、流行当時の「吸血セムシ男」の畸形ではなくて、12月13日付(53)に引いた池内氏のいう「おそろしく現代化した悪魔紳士」「いとも優雅な悪魔像」に近いようです。こうした赤マント像の相違も、注意すべきポイントとなるでしょう。(以下続稿)