瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(109)

・大阪附近の赤マント(5)
 赤マントは何時のことなんだか久しく忘れ去られて、平成に入ってから、昭和14年(1939)の流言だということが年表類にも出始めます。その要因の1つは平成4年(1992)に『〈新聞/集成〉昭和編年史』に大阪の赤マントの記事が収録されたからではないか、と思っています。大宅壮一「「赤マント」社会学」が昭和63年(1988)に小沢信男 編『犯罪百話 昭和篇』に収録されたことも影響があったとは思いますが、さほど広まらなかったようです。
 一例を挙げて見ましょう。
・週刊 昭和タイムズ 64年の記録と記憶デアゴスティーニ・ジャパン)
 1年1冊で全64冊、「1939/14年」は「49」号(2008年9月23日発行・定価533円・32頁・A4判オールカラー)です。
 横組み。30〜31頁「世相アラカルト」としていくつかコラム風の囲みになっているうち、30頁の右下の枠に「恐怖の都市伝説「赤マント」」と題して、ゴシック体で、

 この年、「赤マント・青マント」「幸運の手紙」といった、/いわゆる“都市伝説”が子どもや女性を震え上がらせた。
 まずは東京で「灯ともし頃に赤裏マントを着た怪漢が少年/少女を襲う」という流言が騒ぎになった。警視庁が沈静化に/乗り出すと、“マントの怪漢”は西に移動。学校のトイレに潜/み「赤いマントと青いマント、どちらが欲しい?」と尋ね、/「赤」と答えれば血だらけに、「青」と答えれば血を抜かれる/といううわさが、大阪や九州、果ては朝鮮半島にまで広まっ/て、トイレに行けず授業中に漏らす子が続出したという。
 一方、若い女性の間では「幸運の手紙」が流行。「このチェ/ーンを中断すると凶事が起こります」という脅し文句に惑わ/され、次々と“恐怖”が連鎖していった。

とあります。この書き方から分かるように、東京での噂は前回引いた「大阪毎日新聞」の記事に依拠しています。そして「青マント」云々と「漏らす子」の辺りは1月7日付(77)、そして朝鮮半島や九州という地域は1月8日付(78)に引いた、中村希明の体験に基づくものでしょう。大阪で昭和14年に「青いマント」というのは、何に拠ったのか不明です。
 但し表紙裏の[参考資料]に中村氏の『怪談の心理学』は挙がっていませんが、最後が「‥‥『東京朝日新聞』他」となっており、全ての本を挙げている訳ではないので、見たのか見なかったのか、それとも挙がっている本の中に中村氏の体験を取り入れた本があって、そちらに拠ったのかは不明です。
 そして下部に新聞紙面の複写を2つ掲出し、右下に「▲▲警視庁はラジオや新聞で沈静化/を呼びかけたが、効果は少なかった。」とのキャプションがあります。1つめの▲は左向きで、前回掲出した「大阪毎日新聞昭和14年7月1日付、6月30日の夕刊の記事の、5〜6段めです。もちろん原紙を見て複写したのではなく、表紙裏の[参考資料]に挙がっている「『新聞集成 昭和編年史 昭和14年度版』(明治大正昭和新聞研究会、新聞資料出版)」から複写したのです。もう1つの▲はそのまま上向きで、こちらが「幸運の手紙」の記事なのですが、これも『〈新聞/集成〉昭和編年史』から複写されたものです。「幸運の手紙」については2013年11月17日付(17)に触れたことがあります。
 さて、「赤マント」の方は新聞紙面と同じなので原紙に当たった可能性もある訳ですけれども、こちらの記事は『〈新聞/集成〉昭和編年史』収録に当たって原紙とは組み替えているのですが、ここにはその組み替えた形で出ているので『〈新聞/集成〉昭和編年史』に拠っているのは間違いありません。この「幸運の手紙」の記事もメモを取りましたので、今月下旬にでも上げることとします。
 ここまでは既に気付いている人もあり、手柄らしく言い立てるのは憚られますが、そこはもう少し突っ込んで、調べて見たのです。(以下続稿)