・反省しない健史
一部のレビューでも指摘されていることだが、健史にリアリティが感じられない。
タキのノートの執筆時期が、平成15年(2003)秋から平成16年(2004)春に掛けてであるとして、こんなに戦前暗黒史観に染まっているだろうか。昭和39年(1964)生の作者が、健史の発言のような印象を戦前に対して抱いていた、というのは、7歳下の私も(何となく)そうだったから(教育の環境とかはかなり異なるだろうけれども)、分かる。
しかしながら、平成も2桁になって、21世紀にもなれば、ネトウヨでなくてもこんな、しかも自信満々に体験者に刃向うようなことは、ないんじゃないのか。大体今の若者、そんなに歴史、知らないだろう。一通り知っていて暗黒だったと思うのは私らの頃は、そんな風だったように思うけれども、今は妙に知り過ぎて右翼っぽくなってたりするもんだが、――でも、これも、……まぁ、どうだろうと思うまでで、証明は出来ない*1。もっとバランスが取れているんじゃないか、という気がするのだけれども*2。
けれども例えば、当時であっても(タキとほぼ同世代の)山本夏彦(1915.6.15〜2002.10.23)の『「戦前」という時代』や『誰か「戦前」を知らないか』みたいな本が出ていたので、少し調べれば、戦前暗黒史観みたいなものに素直に従うようなことは、あるまいと思うのだ。社会情勢の見えていない立場の女性だったにせよ終戦時に満28歳という、年齢的にも最も記憶がしっかりしてそうな人物に、こんな浅はかな高校日本史レベルもしくは受験日本史の知識で楯突いたりするものかね?
- 作者: 山本夏彦
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1999/10/01
- メディア: 新書
- 購入: 2人 クリック: 18回
- この商品を含むブログ (40件) を見る
戦前まっ暗のうそ 山本夏彦とその時代4 (山本夏彦とその時代 4)
- 作者: 山本夏彦
- 出版社/メーカー: ワック
- 発売日: 2012/11/07
- メディア: 単行本
- クリック: 1回
- この商品を含むブログ (4件) を見る
しかし映画の配役を見て、妻夫木聡(1980.12.13生)ならこのような言動も違和感がないのではないか、と妙に腑に落ちたのである。撮影時に満32歳なのは大学生から満26歳まで(映画は未見なので小説の設定通りなのかどうか知らないが)を演じるにはちと老け過ぎているという批判も、ネット上に散見されたけれども。
だから、私は別に、健史の発言が左翼(?)的過ぎる、というつもりで批判しようと云うのではない。
最初のうちは、まぁ良いのである。しかし、最後まで健史をこんな馬鹿キャラのまま通してしまうのは、無理があるだろう。私だったら「お前は成長しやんのか!」と健史を面罵してやりたい*3。初出の連載を読んでいる人は、担当編集者も含め、隔月刊だから違和感がなかったのだろうか。でも、少なくとも最終章にかつての自分の小賢しい批判に対する反省の弁くらい、あっても良さそうなものである。――それとも、その点は反省しないままで通した方が良い、という作者の判断なのだろうか。
生前逆らっていた大伯母の視点の由って来るところを遅ればせながら確認した上で、謎解きの結果を敢えて公表しないという結末にしていれば、もう少し健史の人物に深みが出たと思うのだけれども、大伯母への理解が不十分なまま、というか矮小化されたまま、結末がくっつくので、……タキのノートと遺品との間に食い違いがあるという以上に、もやもやして仕方がないのである。だからこうして通読して、細かく確認しようという気にもなったのだけれども。
尤も、私が最初にこの小説に突っ込みを入れたいと思ったのは、こういうところではなくて「赤マント」に関してなのだけれども、それは暫く後回しにして、もうしばらく年立てを見て置こう。それから、健史の発言についても具体例を集めて置きたい。(以下続稿)