瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

正岡容『艶色落語講談鑑賞』(06)

 河出文庫版『寄席囃子 正岡容寄席随筆集』が『正岡容集覧』『完本正岡容寄席随筆』に漏れた「売色ところどころ」と「恵陽居艶話」を収録したことは、埋もれた作品の発掘という意味で価値があると云えるのだけれども、前者では「朝鮮烏羽玉譜」が、後者では「芸苑怪異談集粋」が、断りなしに省略されているのである。
 さて、6月28日付(04)に「売色ところどころ」と「恵陽居艶話」を「艶色落語講談鑑賞」という題で収録したことを批判した。『艶色落語講談鑑賞』の「目次」は6月27日付(03)に示したが、同じ『艶色落語講談鑑賞』から採った「わが寄席青春録」が別の章になっているのだから、やはり「艶色落語講談鑑賞」ならざる、「艶色落語講談鑑賞」という内容にはなっていない章も、同様に処理すれば良かったのである。
 同時に、同じ章に含まれていた内容の一部を勝手に省略してしまうのも、勝手な題の変更と同じく問題があると思っている。深い意図なく寄せ集めた場合もあろうが、それでも作者が一括りにしているのだから、それを崩す場合はそのことを断らないといけないだろう。どこにも断らずに内容が増減してしまうのは、宜しくないと思うのだ。
 そこで、省略された2篇をここに紹介して置こうという気になった。
・朝鮮烏羽玉譜(1)
 文字は全て明朝体で305頁1行めは、8字下げ3行取りで大きく「朝鮮烏羽玉譜」とあって、2行めは9字下げ2行取りでやや大きく「橋 南 洞 の 夜」とある。「朝鮮烏羽玉譜」は「橋南洞の夜」ともう1篇「国一館の夜」の計2篇から成る。まず「橋南洞の夜」に冒頭部から見て行こう。305頁3行めから306頁13行めまで。振仮名はないが傍点「」がある。以下の引用では傍点の附されている字を仮に太字にして示した。

 京城放送局をあとにした自動車が、晩秋の午後八時の街路をいくたびか、ほんの少しの不安と憂/愁のたゞなかに迂廻して、とゞ、毎日申報編輯長の李端求氏と朝鮮蓄音器の林君と、さうしてあた/しの三人を、そつと下ろしたところといふのは、夜目にも陰惨な、暗欝な、らんぷいろした燈花の/ながれる、雑草みたいな通りであつた。
 可成、だたびろい道幅で、両側の茅屋根が、みんな、じめ/\と低くつゞく。――韓文字をもて/したゝめた、春画をうりさうな古本屋がある。道具屋がある。――その一軒をのぞいたら、ロマン/チツクな、しんちうで、巨大な蝶を象つた蠟燭立が立つてゐるから、
「あれは佳いね」
と、ぼくがいつたら、
「このへんの古道具屋には、あれは不調和なうりものなんだよ」
と、李さんが濁音のないニホン語でをしへる。それから、【305頁】
「こゝらは、京城の、西郊にあたつてるんだよ」
とも、つけたした。
「ホー。そして、何ていふ街の名なのさ」
 あたしがいつたら、
「橋南洞」
李さんは、すぐに、応じる。――このさきに何とやらいふ橋があつて、その以南だからださうであ/る。ぢや、橋のむかふは橋北洞か? とでたらめをいつたら、さうだ! と答えた。
「だが、一体」
あたしは、また、訊く。
「どこにゆくのさ」
「いや、あなたが谷崎潤一郎秦淮の夜の奇望街みたいのがみておきたいといはれたから、けふは/朝鮮の奇望街にこれからゆかうとしてゐるのさ」
わかい、いろ白の林さんが、眼鏡の下で晴れやかにいつた。


 以下2回くらいに分けて載せるつもりである。(以下続稿)