瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

桂米朝「百年目」(1)

 たまに「吉朝に聞いとくなはれ」もしくは「吉朝に聞いてくれ」で検索して当ブログに逢着する人がいる。――3年前にとにかく書いてしまって、その後特に気を付けている訳ではなかったのだが、今、自分でも検索してみると2012年10月6日付「四代目桂文團治の録音(3)」が「聞いとくなはれ」の方ではトップにヒットする。しかしあれは10年前のことを記憶に頼って書いているので、何だか申し訳ないような気分である。このときのNHKの取材を基に、2012年10月5日付「四代目桂文團治の録音(2)」に挙げたNHKスペシャルETV特集の2つの番組が放映されている。出来れば視聴して記憶と照し合せて見たいのだが(もちろん保存はされているのだけれども)番組公開ライブラリーで公開されていないので、見ることが出来ない。

吉朝庵: 桂吉朝夢ばなし

吉朝庵: 桂吉朝夢ばなし

・上田康介 著/小佐田定雄 監修『桂吉朝夢ばなし 吉朝庵』2011年12月1日初版発行・定価2,500円・淡交社・143頁・A5判並製本
 著者は桂吉朝(1954.11.18〜2005.11.8)の長男(1983.3.5生)。没後「六年」を経て「生前ご縁のあった」人々に取材して得た談話を元に、「親父」の生涯を辿ったもので、095頁7行め〜112頁(21行め)「こらぼれーしょん」の章に、この件についての記述がある。108頁上段10〜15行めの段落、

 〇二年、米朝師匠は喜寿を迎えたのをきっかけにして、/大ホールでの独演会を打ち止めにする決意をされた。そ/して、いつもは五月に独演会を開いていた親父が、師匠/の定位置であった七月二十日に独演会を引き継ぐかたち/となった。その第十回公演で親父は『地獄八景亡者戯』/と『怪談市川堤』という大ネタを並べた。


 以下この第10回「桂吉朝独演会」について産経新聞のコラムの引用があり、108頁下段17行めから(109頁は写真「2003年8月、大阪サンケイホールで開かれた「米朝一門会」の『上方寄席囃子』の舞台」)110頁上段10行め、

 この会の三か月前に「『吉朝に聞いとくなはれ』事件」/が起こっている。米朝師匠の最後の独演会は、四月二十/九日に東京の歌舞伎座で行われている。この時のドキュ/メントを某放送局が撮影していたのだが、中に慣れてい【108頁】ないスタッフが居て、イライラしている米朝師匠に、い/ろいろと質問をしつこくしてきたんだそうだ。そこで、/堪忍袋の緒を切った米朝師匠が言い放った一言が、
吉朝に聞いとくなはれ!」
 一番驚いたのが当人で、
「こんな時に名前出しなっちゅうねん」
とおおいにうろたえたそうだ。このフレーズは米朝一門/だけでなく、上方落語界全体の流行語になって、「吉朝/に聞いとくなはれ」とプリントしたTシャツを売り出し/たらしいが…誰が買うたんやろか?

と述べているのだが、少しボカし過ぎではないか。これだと「イライラ」の原因が分からないし「いろいろと質問をしつこく」というのも私の記憶では、米朝が答えないので「同じ質問をしつこく」したので、「某放送局」等いろいろボカしてあるからうっかり読み飛ばしてしまいそうになるが、やはりこの説明では違うと思うのだ。――自信を持って断言出来ないのだけれども。尤も「‥‥だそうだ」という言い回しからして、著者もこのドキュメントを確認して書いているのではないらしい。Tシャツのプリントも「吉朝に聞いとくなはれ」ではなく「吉朝に聞いてくれ 」である。
 続いて110頁上段12行め〜下段3行め、この件についての桂ざこばのコメントが引用される。下段2〜3行め「‥‥。間違うても「ざこばに聞いとくなは/れ」とは言わはれへんやろからね(笑)。」として、やはり米朝が「吉朝を信用して」いたから「吉朝ならちゃんと答えるということで」あのような発言になった、という説明なのだが、私は2012年10月6日付「四代目桂文團治の録音(3)」に述べたような理由から、この説を採らない。某放送局のスタッフと一緒にいたのが吉朝だったからで、信用されていたのだろうし「ざこばに」とはならなかっただろうとは思うのだけれども、この発言だけを切り離して信用があった根拠にするのは違うように思う。
 さて、この本の随分曖昧な記述から察するに、米朝周辺では、やはり触れてはいけないことのように認識されているのであろうか。そういえば、次の本でもこの歌舞伎座独演会には触れていないようだ。

小佐田定雄米朝らくごの舞台裏ちくま新書1123二〇一五年四月二五日第一刷発行・定価860円・筑摩書房・270頁
 011〜250頁「第1章 米朝精選40席――演題別につづる舞台裏噺」の35番め(50音順)211〜218頁「百年目」では、速記・録音・映像を網羅するが、215頁15〜16行め「 最新の映像は二〇〇一年七月に大阪のサンケイホールで開かれた喜寿記念の一門会で演じられた高座を収めたもので、‥‥」とある。市販されたものに限ったようではあるが、歌舞伎座独演会は封印扱いなのだろうか。(以下続稿)