瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎『抱茗荷の説』(3)

 昨日の記事に対し思いがけず、芳林文庫より矢作京一(1912〜1983)『蔦の家殺人事件』を購求した方からコメントがありました。私は、矢作氏については「小林文庫の新ゲストブック」で初めて知ったくらいで、全くどうしようもないのですが、山下氏の蔵書散逸について、taqueshixのブログ「漁書日誌ver.β」の2012-01-13「愛書会展」コメント欄に情報を寄せた方であったとのことで、これについてはもう少し細かいことを知りたい気もします。しかしながら、2013年12月31日付「記述の方針について」に述べた通り、コメント欄でのやり取りはしません。蔵書にせよ知識にせよ、その公開は所蔵者がするかしないか判断するべきであって、細かい事情を知らぬ第三者がむやみに知りたがって割り込むべきではないと考えるからです。
 そんな次第で、今日も準備して置いた続稿を上げて置きます。

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 2013年4月24日付「山下武『20世紀日本怪異文学誌』(14)」でも触れたように、特色ある蔵書家であった山下氏は、その著述に世間に余り出回っていない、図書館に行けば必ず閲覧出来るとも限らない、俄に参照出来ないような本や雑誌を取り上げることも多いので、2012年4月30日付「山下武『20世紀日本怪異文学誌』(04)」冒頭に述べたように、取り上げている作品の梗概を詳しく述べることがよくあります。
 しかしながら「抱茗荷の説」もそうなのですが、山下氏の梗概には2012年4月6日付「平井呈一『真夜中の檻』(18)」でも指摘したように、どうも怪しげなところがあります。小笛事件も山下氏の記述をもとに9月1日付「山本禾太郎『小笛事件』(2)」に概要を述べてみましたが、その後、8月31日付「山本禾太郎『小笛事件』(1)」に挙げた創元推理文庫『日本探偵小説全集11』や『京都の女性史』を参照するに、どうもおかしなところがあるのです。私の理解不足による誤記もあるのですが、これらは追々注記を追加して訂正して行くつもりです。
 それはともかく、山下氏の「抱茗荷の説」の梗概をここに引用して、検討を加えて置きましょう。『探偵小説の饗宴』186頁3〜18行め、9行めまでの字数が少ないのは、9月26日付(1)にも触れたようにこの頁の右上に『抱茗荷の説』の書影があるからです。

「抱茗荷の説」は、美貌の双生児の姉妹が愛/する男をめぐって暗闘の末、敗れた妹は他家/へ嫁ぐ。しかし、巡礼に姿をやつした姉は執/念深くその後を追って妹の夫を毒殺。復讐の/ため少女を連れて山間の実家に乗り込んだ妹/を絞殺して池へ投げ込み、少女には人形を背/負わせて帰す。君子といった少女は成人して/のち人形の着物を脱がせ、その背に「だきみようがのせつ」と書かれてあるのを発見したが、もしも/彼女に幼いとき母と共に訪ねたお城のような大きな家で見た抱茗荷の紋の記憶がなければ、それだ/けではなんのことかわからなかったにちがいない。君子は母の死体の浮いていた大きな池の記憶を/頼りに、やがて“ふた子池”と呼ばれる池の畔にある旧家に女中として傭われるが、代々庄屋をつと/めたこの家ではむかし双生児の兄弟が生まれて非常に仲が悪く、弟が家に火を放ったため町は焼土/と化し荒廃した。それからは双生児は敵同士の生まれかわりだといって町の人びとは極度に忌み嫌/った。ところが庄屋の家にまた双生児が生まれ、双生児を産んだ庄屋の嫁は、それを苦にして双生/児を抱いたまま、池に身を投げて死んだという、その池はいまも“ふた子池”と呼ばれ、池の周囲の/畑にできる茗荷は二つずつ抱き合ったかたちでできる――という伝説を君子は土地の古老から聞く。*1


 この続き、女中となった君子がいよいよ事件の真相を知ることになるのですが、そこのところは山下氏は巧いこと有耶無耶に済ませて、続きの筋は述べていません。
 さて、問題点ですが、「敗れた妹は他家へ嫁ぐ」とありますが、他家へ嫁いだのは姉の方です。それから「愛する男をめぐって暗闘の末」とありますが、姉が家を追い出されたときには「男」は既に死んでおり「争う目標」は「莫大な財産」になっていたはずです。もちろん「巡礼に姿をやつした姉」というのは、妹の方です。「夫を毒殺」されて「復讐のため少女を連れて山間の実家に乗り込んだ妹」も実は姉なのです。そして君子が「池へ投げ込」まれた「母の死体」を見せられる、というのも確かにそうなのですが、「絞殺」されたとは書いてありません。絞殺らしくはありますが。
 この、山下氏が姉と妹を取り違えてしまったのは、分からなくはないのですが不注意であると思います。全ての事情が明白になるのはラストシーン、最後の一文で、なのですけれども、山下氏が説明したところまでであれば、正しい姉妹関係で示して置いて良かったはずです。最大の問題点は「山間の実家に乗り込んだ妹を絞殺して池へ投げ込み」とあることでしょう。私なりの改定案を示して置きますと、「姉は復讐のため娘を連れて山間の実家に乗り込む。」で切って「外で待つ娘に、下男の老人は池に浮く母の死体を見せ、人形を抱かせて送り帰す。」としたら良いでしょうか。「背負わせて」というのもやはり本文には見えないのです。(以下続稿)
追記】改定案の「復讐のため」を見せ消ちにしました。理由は9月29日付(4)に述べます。

*1:「双生児」に全てルビ「ふたご」、また「かたき」。末尾の句点はぶら下げ。他の1字分多い行は句読点や括弧が若干狭くなっている。