瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎『抱茗荷の説』(07)

 それでは9月30日付(05)の続きで、細川涼一「小笛事件と山本禾太郎」に示されている「抱茗荷の説」梗概の疑問点について、確認して置きましょう。例によって「抱茗荷の説」の引用は、論争ミステリ叢書15『山本禾太郎探偵小説選Ⅱ』に拠ります。
 主人公の両親について「女遍路(実は母の双子の姉)に父を殺され、実家に乗り込んだ母も自殺した」としているのですが、女遍路の素性については9月30日付(05)に確認したように「妹」のはずです。「殺され、実家に乗り込んだ」と続けると時間差がないように読めますが、9月29日付(04)でも注意したように、すぐに「乗り込んだ」訳ではありません。259頁4行め「君子の父は、君子が生まれた翌年の秋に死んだということである。」とのことで、数えで2歳、満年齢ではいつ生まれたかに拠りますが、生後10ヶ月くらいから1歳半くらいの見当で良いでしょう。母に連れられて母の実家を訪ねたときのことはぼんやり記憶しているので、2013年3月14日付「松本清張『鬼畜』(1)」の「長女・良子(4才)」くらい、数えで5歳くらいの見当でしょうか。すなわち父の死から母の死まで、3年くらい時間差があるのです。
 それから、君子が母の実家に女中として入り込むまでの時間ですが、まず*1、259頁3行め「 君子の祖母は君子が八歳のときに亡くなった。‥‥」また272頁15行め「 祖母は君子が八歳のとき死んだ。」とあって、この「八歳」はもちろん数えですが、3年ほど祖母と2人で「祖母の寝物語」に父や母の話を聞いて過ごした時期があった訳です。
 母の死から現在までの時間ですが、269頁5行めには「 それから、すでに十年の月日が経っている。‥‥」とあります。同じように十年としている箇所は、276頁13〜14行め「‥‥。下男の父は既に死んだということであるが、それが十年前送って来た老人に違/いない。」が指摘されます。
 しかしながら、君子が祖母の死後、短い子守奉公の期間を経て旅芸人の夫婦について「旅の大道芸人の稼業」に身を投じるのですが、その期間も、273頁12行め「‥‥。十年もこうして辛抱してきたのは、‥‥」274頁4行め「‥/‥。こうして君子は十年という長い間の旅芸人から足を洗うことができた。」275頁3行め「 君子は旅の十年間、‥‥」となっていて、どちらも「十年」になっています。
 もちろん、祖母の死後「十年」が正しいとするべきでしょう。実は、母の死からの時間を「十年」としない記述もあるのです。274頁9〜10行め「‥‥。君子がこの人形を持ってから十二、三年になるが着物/を脱がしたのはこの時が初めてである。‥‥」とあって、これなら母の死と祖母の死の間に3年の時間が設定されて、先に示した母が死んだときに君子は、『鬼畜』の「長女・良子(4才)」くらいだったろう、との見当とも合致します。
 すなわち、物語が語られている時点での君子の年齢は、数えで十八歳ということになりましょう。
 少し長くなりましたので、細川氏が「母も自殺した」としていることについては、明日取り上げることにします。(以下続稿)

*1:【10月4日追記】巧く後に繋がっていないので削除。