瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎「東太郎の日記」(2)

 本稿も先月末から準備していました。この小説を探索するに当たっての見当の付け方について述べています。但し(1)と違って完成稿になっていなかったので今回投稿に際して大幅に手を入れました。
 その後、従来、本作を上手く探し出せなかった理由も分かって来ました。ただ、その理由までここに書き足してしまうと叙述がややこしくなりますので、まず、私がどのような見当を付けて本作を見付けたのかを述べて、それが済んでからこれまで人を惑わせて来た資料に言及することします。(10月6日記)

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 昨日の続き。
 横井氏は山下氏の本作に対する「探偵小説とは似て非なる」との評を引いていましたが、山下武『探偵小説の饗宴』から当該箇所を抜いて置きましょう。「『小笛事件』の謎――山本禾太郎論」の189頁11行め〜194頁5行め「II」章、この章は193頁9〜10行め「のちに単行本化にさいして『小笛事/件』と改題」された、193頁8〜9行め「昭和七年七月六日から「神戸新聞(「京都日日新聞」併載)紙上を飾った山本禾太郎の/「頸の索溝」」執筆の背景について論じていますが、その最後の段落、193頁13行めから、

 高山弁護士から借覧した厖大な事件の調書に禾太郎が著しく興味を唆*1られたのは、もともとかれ/が浅薄な煽情的実話小説の流行に慊*2らなかったからだった。満州事変いらい「非常時」がさけばれ、/軍部の発言力が日毎に高まる一方で、巷には刹那的なエロ・グロ・ナンセンス趣味が氾濫し、書店/の店頭には「実話雑誌」「実話時代」「犯罪科学」「犯罪公論」「犯罪実話」といったどれも似通った/雑誌が 堆 *3く積まれていたのである。実のところ、久しきにわたる沈滞のあと探偵小説への情熱を/失いかけていたかれは、こうした風潮を臨んで「週刊朝日」が募集した“事実小説”の懸賞に当選/したことがあった。しかし、それはあくまで当時流行した実話小説の枠を出ないものであって、か/れの提唱するリアリズムを主体とした探偵小説とは似て非なる、人気女浪曲師をモデルとした一種/の芸界内幕物にすぎなかった。が、同じ“事実小説”でも殺人事件の調書を中心に組み立てれば、/トリック偏重の現実味のうすい探偵小説とはちがい、持論である“犯罪事件の小説化”が可能では/ないか――と、俄にそこに気付いたのだった。

とあって、昭和6年(1931)9月18日勃発の満洲事変から昭和7年(1932)7月6日の「頸の索溝」連載開始までの間に「週刊朝日」の“事実小説”の懸賞があったように書かれています。
 参考までにここに列挙されている雑誌について、ネット検索でざっと調べてみましょう。
・「實話雜誌」非凡閣
 「日本の古本屋」にて検索するに、昭和6年(1931)4月に創刊号が出ています。現在、古書店に在庫のあるもので最も古いのは第一巻第七号(昭和6年10月)です。第二巻(昭和7年)からは一月号が第一号となっているようです。そして最も新しいのは第十巻第四号(昭和15年4月)十周年記念特集号です。
・「實話時代」実話時代
 東京都立多摩図書館に第一巻第一号(昭和6年5月)が所蔵されています。
・「犯罪科學」武侠
 平成19年(2007)10月から平成20年(2008)8月まで不二出版から、国立国会図書館蔵の揃い本を底本にしたらしい複製版が出ています。創刊号(第一巻第一号)は昭和5年(1931)6月刊、第一巻(昭和5年)は第七号まで、第二巻(昭和6年)は第十四号まで、第三巻(昭和7年)は第十六号(昭和7年12月)まで、別巻や臨時増刊がある他、第三巻第十五号は欠番になっています。別冊「『犯罪科學』解説・総目次・索引」のみ分売可です。
・「犯罪公論」四六書院
 「日本の古本屋」を見るに、第一巻(昭和6年)は10月に創刊号、そして第二巻(昭和7年)、第三巻(昭和8年)第十一号まで確認出来ます。十二月号まで出たのでしょう。国立国会図書館には所蔵なく昭和7年4月刊「犯罪公論 臨時付録(犯罪研究会パンフレット 第1輯)」(四六書院)があるのみです。
 東京都立多摩図書館には「文化公論」と改題後の第四巻第一号 (昭和9年1月) 第四巻第二号 (昭和9年2月) が所蔵されています。版元名は「犯罪公論」時代に文化公論社に変わっていたらしいのですが時期ははっきりしません。
・「犯罪實話」駿南社
 「日本の古本屋」にて検索するに、この頃、駿南社と東榮閣から刊行されていたことが分かりました。駿南社版は巻号と発行年月が明らかなものは第二巻第五号(昭和7年4月)と第二巻第十二号(昭和七年十一月号)の2点がヒットしました。創刊はやはり昭和六年ということになりますが、九鬼紫郎『探偵小説百科』(昭和五十一年四月一日発行・¥1,800・金園社・516頁)を見るに、他の雑誌のことは出ていないのですが140頁下段1〜9行め「“探偵”」の項の冒頭2〜4行めに、

 創刊が昭和六年五月号であり、八冊を出して一二月号で/終り、以後は“犯罪実話”と改題して探偵小説からはなれ/た。東京の駿南社から刊行され、‥‥

とあって「犯罪実話」とは第二巻(昭和7年)から改題されたことが分かります。やはり「日本の古本屋」で検索するに九鬼氏の記述通りに刊行されていたことが確認出来ました。なお、東榮閣版は第一巻第一号 (昭和8年3月)が東京都立多摩図書館に所蔵されています。
 以上、ざっとネットで短時間検索したのみですので、大体の見当を付けるに止まりますが、山下氏が列挙する、実話やら犯罪やらを謳った雑誌が幾つも創刊されたのは「犯罪科学」が昭和5年(1930)、「実話雑誌」「実話時代」「犯罪公論」が昭和6年(1931)、同じ昭和6年創刊の「探偵」が昭和7年(1932)に「犯罪実話」と改題されていて、いづれも山本氏が「頸の索溝」を連載する直前の流行であったことが分かります。
 そこで私は、山下氏が指し示す時期――昭和7年(1932)に見当を付けて「週刊朝日」に当たって見ることにしたのです。(以下続稿)

*1:ルビ「そそ」

*2:ルビ「あきた」。

*3:ルビ「うずたか」。