瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎「東太郎の日記」(29)山本桃村③

・梅中軒鶯童『浪曲旅芸人』(3)
 それでは、大正6年(1917)に梅中軒鶯童と一座していた「事務の山本桃村君」が、本作の山木東太郎、すなわち本名山本種太郎の探偵小説作家山本禾太郎である根拠を示しましょう。
 前回の引用の続き、95頁下段5〜16行めを抜いて見ましょう。

 近頃内紛を醸*1していた京山小円先生の一座が、永年の支配/人であった御三間市太郎氏の引退となり、後継支配人杉本熊/蔵(京山円遊)の就任を不満として、御三間氏と一蓮托生で/一座を離脱した副支配人の立仙*2香、秘書として小円師に書道/を教えていた山本桃村、両君が飯田のおじさんに依頼して、/差当りの仕事として男女合同の一座を組織し、突然この組に/私も参加する始末となった。この事は私の知らぬ間に飯田の/おじさんが勝手に決めてしまった話で、私は乗込み当日まで/全然知らずにいたのであった。急に飯田さんから早く乗って/くれと言って来たので、碌々打合わせも出来ぬまま岡山県の/津山へ乗ったのだが、一座は既に前日の節分を初日に津山で/開演しているのだった。‥‥


 まず「永年の支配人であった御三間市太郎氏」と「副支配人の立仙香」ですが、10月20日付(12)本文②に、

 二階へ上って見ると美馬支配人、立花手代、圓光、圓司ら三、四人の幹部連が大圓氏の座敷に坐っていた。‥‥

とある、美馬支配人と立花手代のモデルでしょう。10月21日付(13)本文③にも、

 美馬支配人を筆頭に、幹部座員たちがぞろぞろ這入ってきた。

とありました。「御三間」という姓は何と読むのか一寸分からないのですが「オミマ」だとして「三間」を同じ発音の「美馬」に取り成したのでしょう。
 一方「立仙」は読みではなく字面から「立花」に変えたのでしょう。「立花手代」の方は、10月20日付(12)本文②では「座長の出」の場面に、

「先生、エーのん来てまっせ」
 幇間みたいな圓光が、サモご機嫌をとり結ぶようにいう。
「どこにィ。どれや、え、どれや」
「あこ、それ西側の二本目の柱の前、それいまこっち向きましたやろ」
「ほに、ほに、ちょっとエーなぁ……立花、立花……わしが降りてくるまでに、あれどこのんやたしかめといてんか、わい、こんばんあれいくさかい」
 登場を促す拍手が聞えてくる。

とあって、座長の夜の相手の手配を仰せつけられています。なお「後継支配人杉本熊蔵(京山円遊)の就任を不満として、御三間氏と一蓮托生で一座を離脱した」とあるのですが、後継支配人となった「京山円遊」が「幇間みたいな圓光」のモデルでしょう。『浪曲旅芸人』324〜330頁(関西浪曲家系)の325頁、京山「小 円/(昭4没)」の弟子として3人挙がるうち1人めに「円 遊/(昭6没)」と見えています。圓光の品のないお調子者振りは10月21日付(13)本文③の中盤に詳述されています。こんな人物が後継支配人となっては「不満として……離脱した」くなるのも当然でしょう。尤も、10月23日付(15)本文⑤のやはり圓光がご機嫌取りの相槌を打っている場面、ネタ本をうろ覚えのまま高座に上がった座長が降りてから「ナーおふく、なんぼ山木に学があったてあかへん、山木の学が手を鳴らさすのと違おぜ、わしの藝が手を鳴らさすネン」と言っているのが現実で、立仙氏と山本氏の俄仕立ての一座の興行は、上手く行かなかったのでした。
 それはともかく、立花手代は10月21日付(13)本文③では座長の断物を破らせようとしたとて厳しく叱責されるのですが、

「お前等は、なんのためにわしについてンね。大根と蟹は、聖天さんにたっていることお前等よう知っとるやろ。それがためにあの献立についての注意書を旅館の料理場へ渡すよう、お前にしっかりいいつけてあるやないか。ナニか、お前等はわしに神断もの破らして藝を落さそ思とんのか。この月給泥棒めが。そんな心掛けやよつて三十にもなつてそのざまや、一藝に秀ずるものは万藝に秀ず、というてな、わしなら、こんな落度をしたら主のために切腹して申訳する」

とあって「三十」であることが分かります。丁度「三十」ではないにしても「三十」を少し越した辺りでしょう。仮に「三十」として主人公よりは6つ年上、この年が11月2日付(25)で見当を付けたように明治45年(1912)とすると、立花手代は明治16年(1883)生ということになります。それから、10月22日付(14)本文④に、

 旅館に帰ってから、自分等の部屋の前を寝衣すがたのおふくさんが通った。
「ふくちゃん、ちょっとおいで」
 自分と同室の手代立花君が、小声で手招きしたが、おふくさんはただ笑っただけで小腰をかがめて通ってしまった。

と女主人公にちょっかいを出しているのですが、これについては山本氏の他の随筆と照合させることが出来そうです。(以下続稿)

*1:ルビ「かも」。

*2:ルビ「りつせん」。