瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎「第四の椅子」(1)

讀賣新聞社「本社五十五周年記念懸賞大衆文藝」(1)
 10月6日付「山本禾太郎「東太郎の日記」(1)」に予告した「『読売新聞』の長編懸賞」について確認して行きましょう。
 既に触れたように論創ミステリ叢書15『山本禾太郎探偵小説選Ⅱ』所収「あの頃」に回想されています。357頁11〜18行め、江戸川先生は江戸川乱歩(1894.10.21〜1965.7.28)、甲賀先生は甲賀三郎(1893.10.5〜1945.2.14)で、2人とも山本氏よりも年下です。

『窓』の入選については江戸川先生が一番に支持して下さった。一番点のカラかったの/は甲賀先生である。甲賀先生と言えばよほど以前のことであるが、私が読売の長編懸賞に/応じたとき、当選候補にまで漕ぎつけたのであったが、他の選者はなかなかによい点数を/下さったのに甲賀先生がとてもカライ点で、それが探偵小説であったため、選者中ただ一/人の探偵作家の甲賀先生の点であっただけに、ついに落選の憂き目を見た。いつか甲賀先/生にお目にかかった時、この話を持ち出したところ「それは君の名でかね」と訊ねられた/ので、匿名であった旨を答えると先生は、「それなら俺は知らんよ」と言って例の豪傑笑/いで吹き飛ばされた。


 「窓」については、この前の段落(356頁9行め〜357頁10行め)と後の段落(358頁1〜18行め)に回想されているのですが、その内容に記憶違いがあることは、横井司「解題」に、402頁2〜3行め、

‥‥。/「『新青年』では『あやかしの鼓』を二席とし、『窓』に一席を与えられ」というのは禾太郎の勘/違いで、掲載こそ「窓」の方が先だったが、実際は同時二席だった。

と指摘されています。横井氏が引用しているのは356頁11〜12行め*1です。
 「窓」の入選については、取り敢えず論創ミステリ叢書14『山本禾太郎探偵小説選Ⅰ』の横井司「解題」の冒頭の段落を抜いて置きましょう。372頁1〜8行め、

 一九二六年(大正一五年)に行われた『新青年』の創作探偵小説・懸賞募集は、四百字詰め原/稿用紙で百枚内外の枚数を求めるものであった。現在の目からすれば、中編といわれる長さだが、/当時としては長編と目される長さだった。それでも百六十編ほどの作品が集まったようだが、結/果は一等当選作なし。二等当選作が二編、選外佳作四編というものであった。このときの二等当/選作の一編が、夢野久作の中央文壇デビュー作ともいうべき「あやかしの鼓」であり、その夢野/作品と二等を分け合ったのが、ここに第二次世界大戦後、初めて全作品がまとめられる山本禾*2太/郎の「窓」であった。つまり山本禾太郎は、作家としては夢野久作と同期生であり、すなわち実/質的には夢野久作のライバルとしての立ち位置を占めていたことになるのだ。


 ここでわざわざ「窓」の当選順位についての記憶違いについて確認して見たのは、「讀賣新聞」の懸賞でも同じように(自分に都合良く)記憶を違えているからなのです。(以下続稿)

*1:改行箇所は「与え/られ」。

*2:ルビ「のぎ」。