瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

井上章一『京都ぎらい』(1)

 2015年12月6日付「山本禾太郎「第四の椅子」(19)」の付足し*1に、

 ――「丹波の篠山」或いは「丹波の園部」とは言っても「兵庫の篠山」だの「京都の園部」とは言わない。「福知山」や「宮津」は特に「丹波の」或いは「丹後の」と冠さないが「京都の福知山」だの「京都の宮津」とは言わない。「京」と言えば「京都」市の、今の上京区・中京区・下京区とその周辺(鴨川左岸など)に限ったのである。伏見や嵯峨は(今は京都市だけれども)また別の町であって京都ではない。「大阪」も多少の出入りはあるが‥‥

云々と書いた。私は近代の市町村制が地名を破壊した元凶だと思っている*2
 2016年(平成28年)2月11日付「朝日新聞」46602号、朝刊の2面[総合2](14版)の下部(4段分)の広告は「新書大賞2016[朝日新書]一挙3冊ベスト10入り! 」で、その右側半分強を「第1位」の井上章一『京都ぎらい』が占めている。

京都ぎらい (朝日新書)

京都ぎらい (朝日新書)

 まず吹出しがある。

「ええか君、嵯峨は/京都とちがうんやで…」

 この吹出しは、次のゴシック体太字の文から発している。

さげすまれてきた「洛外」育ちの筆者が、おごれる京都人に筆誅を下す


 しかし、別に「おごれる京都人」の肩を持つ訳ではないが、これは、京都人がいけないのではない。京都を(京都に限らない、東京も横浜も大阪も名古屋も静岡も)際限なく拡げる仕組みにして地域の区切りを破壊してしまったことに原因があるのである。――嵯峨が京都でないなんて、当り前ではないか。
 続いて、◎の箇条書きで6条、うち4条めに、

◎山科も宇治もゆるされず

とある。しかし、京都の東の入口は粟田口であって、山科は京都ではない。宇治など云わずもがなである。
 Amazon詳細ページを見るに「商品の説明/商品紹介」の前半に、

あこがれを集める歴史の都・京都!
そんな古都を「きらい」と明言するのは、/京都育ちで、ずっと京都に住んでいる著者だ。

とあるけれども「京都育ちで、ずっと京都に」と云うがそもそも嵯峨を含む「京都」は近代の地名・境界の破壊に基づく「京都」なのである。距離が近かったために制度上の成り行きで同じ行政区画に入ってしまっただけのことで、元来別である。
 或いは本文にはそういう点にも踏み込んでいるかも知れないが、宣伝文句が妙に、――誰もが憧れる「京都」育ちなのに「京都」嫌いになったのは? みたいに煽っているのが気になるので、一応、表面的な突っ込みを入れて置く。いくら近くても、京都では、ない。
 井上氏の本は20年くらい前に集中して読んだ時期があって、その頃のメモを当ブログに取り上げようかと思っていながら手を付けていない。

阪神タイガースの正体

阪神タイガースの正体

阪神タイガースの正体 (ちくま文庫)

阪神タイガースの正体 (ちくま文庫)

 最後に読んだのは、ある事情から阪神ファンになってしまった母のために買った『阪神タイガースの正体』の単行本であったと記憶する。が、久し振りに読んでみようかと思って、それで広告を見ただけで読んでいないのだけれども標題を記事の題にして置いた。
 ところで私には、京都に知人はいない。上方落語に出て来る大阪の人の「京都」に対する微妙な感情は、呑み込めたように思う。まぁ大阪の知人も余り多くはいないのだけれども。(以下続稿)

*1:【2月27日追記】当初「後半」としていたが「山本禾太郎「第四の椅子」」とは無関係の付け足しなので、かく改めた。

*2:奇妙な地名が続々案出され、限られた地域を指す地名が際限なく拡げられた。その上、細かいところは戦後の住居表示によって滅茶苦茶にされてしまった。