瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

八王子城(6)

 さらに続きを見てみよう。『戦国の終わりを告げた城』69頁12行め〜70頁2行め、

 第四は、造形大3号館での怪である。多摩陵の参道近くにある学生寮で霊界の存在を信じてい/る尚樹さんの先輩が新寮生たちに学校のまわりから幽霊が出る話をし、「信じない者は夜中に3/号館に集まるように」といいわたしたあとのできごとである。二〇人ぐらい集まったらしいが、/先輩の体験談を聞いているうちに南側のガラス窓をトン、トンとたたく音。そのすぐ下には城山/川が流れ、人が通れるぐらいの間はあるが梯子をかけなければガラス窓には手が届かない。新寮/生の一人が窓をあけてみたがだれもいなかった。そのうち、こんどは西側の壁をドーン、ドーン/とたたく音。窓をあけたがやはりなにものもみあたらず、その音はしだいに上にあがり、天井を/伝わって東側の壁へ。新寮生たちの目は驚きから怖れに変わったという。


 東京造形大学の、元八王子キャンパス当時の資料は3月10日付(4)にも触れたようにネット上には少なく、構内図も見当たらない。地形図と航空写真は「今昔マップ on the web」で閲覧出来るが、どれが「3号館」かまでは、表示されない。
 手懸りは「南側のガラス窓‥‥のすぐ下には城山川が流れ」という記述と、137〜205頁「第七章 八王子城の縄張りと道」の2節め、141頁9行め〜159頁12行め「山麓の遺構群」の142頁「図54 八王子城山麓遺構群」、そして巻末の「付 図」である。
 ここで「付 図」について説明して置く。265頁は扉で中央に横組みで「付 図」とあってその下に「東南上空からみた八王子城の遺構復元図 /八王子城御主殿に通じていた二本の道の図/八王子城の道と遺構の概要図(カバー裏)」と細目が示される。これらの図は全て手書きで、266〜267頁(頁付なし)見開きが鳥瞰図「東南上空からみた八王子城の遺構復原図/1991.4.9 椚 作図」。268〜269頁(頁付なし)見開きが「八王子城御主殿に|*1通じていた二本の道の図/1989.1.30 椚 作図」で中央自動車道近くの大城戸口から御主殿までの、城山川に沿った地域の地図。「八王子城の道と遺構の概要図/1990.10.26 椚 作図」は当時の道を主とした地図で、私の借りた本ではカバー裏はブックコートフィルムのために見ることが出来ないが、複写が裏表紙見返しに貼付されていた。
 さて、このうち「八王子城御主殿に通じていた二本の道の図」に記入されている「東京造形大学」の建物のうち、裏花かご沢を跨いで建つ四角い建物に「1」、その南にある建物に「2」、そして「2」の東、道を挟んで、城山川の間に建っている四角い建物に「3」とある。航空写真では「3」と道を挟んだ真向かいに凸字型の建物がある*2がこの図には記載されていない。それはともかく、城山川に面した「3」が、この話の「3号館」なのであろう。従って「1」は1号館、「2」は2号館ということになる。縮尺は300mが3.3cm。
 142頁の「図54 八王子城山麓遺構群」は右(小口)が上に横転した図で3.7cmが200mの縮尺、上流は御主殿の滝附近から、下流東京造形大学までの範囲を収める。この図でも東京造形大学の校舎には「付 図」と同じ番号が打たれているが、「付 図」と異なるのは3号館の北西に、航空写真に見える凸字型の建物が「4」と番号を打たれて記載されていることである。
 ちなみに当時の写真は、ネット上には殆どない。まず東京造形大学のHP「沿革 −本学の歩み−」に載る「東京造形大学開学(元八王子キャンパス)」とのキャプションのある四角形の校舎の白黒写真は、航空写真と対照して見るに、周囲や屋根の形からして裏花かご沢を跨いで建つ1号館で間違いない。
 東京造形大学造形学部デザイン学科写真専攻領域の公式ウェブサイト2013年10月29日「ZOKEI PHOTO LABO 造形大写真 その源流をさぐる」に載る白黒写真では、鉄筋コンクリートの建物の下に、小さな草の茂った谷があって、僅かな水流が3mほど下に光を反射している。これもやはり裏花かご沢を跨ぐ1号館である。
 3号館が何階建てで、どういう構造であったのかは良く分からない。1号館と同じくらいの面積だから、いくら広い部屋でも西側の壁や東側の壁が外壁だなどと云うことはないだろう。南側(厳密に云うと南南東)が窓になっている部屋である。平屋ではないだろうから、階によっては部屋の天井の上にも部屋があるはずである。下を見て人や梯子などのないことを確認したようだが、実は上に誰かいて何か道具を使って窓を叩き、床の上で跳ねて音をさせたのではないか――もちろん、東西の部屋にも誰かいて――などと考えてしまうのだけれども。この辺りは実際にこの肝試し(?)に参加した人や先輩本人に説明してもらうのでなければ、この話の舞台を細かくイメージすることは不可能である。怪談として楽しむ分にはこの程度の説明で十分で、ここまで設定を確認したがる方がおかしいのだけれども。
 この「多摩陵の参道近くにある学生寮」は現存しないらしい。先輩による「学校のまわりから幽霊が出る話」――「先輩の体験談」も気になるところだが、それらしい話はこの本にはないようだ。(以下続稿)

*1:横書きで、ここで頁を跨いでいる。

*2:地形図では四角形で凸字型には見えない。