瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

幽霊弁士(1)

 2015年7月8日付「正岡容『艶色落語講談鑑賞』(14)」に引いた、正岡容「芸苑怪異談集粋」に載る、――無声映画の弁士が、病気のため解説を念願していた『椿姫』の初日に死んでしまう。その日『椿姫』の上映が始まるや、怪異が発生する、と云う話には、見覚えがあった。
 2015年9月8日付「怪談同好会編『古今怪異百物語』(1)」に取り上げた昭和5年(1930)4月刊『古今怪異百物語』は、まだ見る機会を得ないので東雅夫編『昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション(幽クラシックス)』に載る抄録をその刊行直後に目を通したばかりであるが、032〜036頁「幽霊弁士」が、正岡氏の語っている話と骨子を同じくしていたのである。
 さらにその後、朧月夜のブログ「話のコレクション」に、2015/12/19「幽霊弁士」と題する記事が投稿されていることに気付いた。これもやはり同類である。
 仮に『古今怪異百物語』を【A】、正岡氏の話を【B】、「話のコレクション」を【C】として比較して見る。この順は単に私が知った順であって内容・素性の優劣を反映させたりした訳ではない。「話のコレクション」は典拠を示さないが、これまで縷々述べて来たように、典拠は是非とも示すべきだと考える。
 まず、弁士が思いを残した映画が『椿姫』である、と云うのが共通している。このアラ・ナジモヴァルドルフ・ヴァレンティノ主演の『椿姫』(1921)の日本公開については、ネットで物臭調査をする限りでははっきりしたことが分からないが、1924年度キネマ旬報ベストテンの「芸術的に最も優れた映画」第3位に入っており、Wikipedia「1924年の日本公開映画」では大正13年(1924)10月公開作品に見えている。(以下続稿)