瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤い半纏(15)

ザテレビジョン文庫42『稲川淳二の怖い話 ベストランキング!!』(3)
 昨日の続きで「赤いはんてん」の本文を検討して見ます。17頁1行めは2行取りの隷書体で「はんてん」とあって、1行分空白があって本文。まづ前置きである17頁の最後まで抜いて見ます。

 だいぶ昔のことですが、私はN放送で深夜双方の担当をしていたことが、あるんです/よ。
 その時に番組あてに一通の封書が届いたんですよ。
 その手紙の差し出し人っていうのが、だいぶ年を召された方のようでね、あて名の文/字もていねいでしっかりした字体で書かれていたんですよ。
 だけどなぜか、開封する気になれないんです。
 いや〜な気持ちがしてね、しばらく、そのままにしていたんですよ。
 でも、いつまでも放っておくわけにいかないしね。
 しょうがないから開封して、手紙を読んでみたんですよ。
 手紙の文面もしっかりしたものでね。
 そう、年の頃なら四十代ぐらいかな。
 ふざけた気持ちで手紙を出すような人じゃない、そんな感じを受けたんですよ。
 手紙に書かれていた内容というのが、三十年ぐらい前のこと。
 差し出し人が、まだ、女子高生の頃の話なんです。


 『MYSTERY NIGHT TOUR 稲川淳二の怪談 Selection 13』収録の「赤い半纏〈完全版〉」を聞くと、プロデューサーに言われて既に得意にしていた怪談を語ったところ、凄い反響でリスナーから手紙が大量に届き、スタッフたちみんなと手分けして読んでいたときに、白い封筒に綺麗な字でびっしり書かれている便箋の手紙を、まづプロデューサーが読んで「怖い怖い」と言い、次いでディレクターも「怖い」と言って稲川氏に廻って来たことになっています。――確実な記憶を辿って語っているのではなく、その時その時の気分で「こうであったろうか」と云ったところを語っているのでしょうが、それにしても実際のところはどうだったのか、出来れば正確なところを知りたいものです。それから、手紙の現物も、個人情報は出せないでしょうし(既に差出人は故人になっている可能性が高いと思いますが)学校名も出せないにしても地域くらいは明らかにして(学校が現存しているとしても、寄宿舎の建物が現存しているはずもありませんから、地域から学校が推測されるとしても、今更それが差障りになるとも思えません)公表してもらいたいところです。
 なお、この録音の語り出しは「もう、37年ほど昔のことになるんですがね」と聞こえるのですが、平成19年(2007)から37年前とすると昭和45年(1970)となってしまいます。稲川氏が「ニッポン放送オールナイトニッポンの二部を担当していた」時期は、2014年1月4日付「赤いマント(74)」で確認した通り昭和51年(1976)から昭和52年(1977)に掛けてのことですから、「31年ほど前」なら勘定が合います。
 さらに「三十年ぐらい前」すなわち昭和20年代前半のこととして語られているのは「赤い半纏〈完全版〉」でも同じです。この時期、2016年1月18日付(04)の後半に簡単に述べたように、高等女学校から新制中学校・高等学校に切り替わった時期ですので、稲川氏は「女子高生」としていますが、差出人の年齢が分からない限り確定は出来ません。
 そして、怪異の話になります。18頁1〜12行め、

 当時、学校の寮で暮らしていたそうです。
 その寮っていうのが、もとは会社の寮として使われていたものでね。
 なんかの事情があって、会社が手放したものを学校が買いとって、学生寮にしたもの/だったんです。
 彼女が寮生活を始めて、しばらく経った頃のことです。
 寮内に、おかしなうわさが流れ始めたんです。
 そのうわさというのが、寮内にあるトイレの一室。
 そこに深夜入ると、どこからともなく、ばあさんの声が聞こえてくるっていう話なん/です。
 なんても、
「赤〜いはんてん、着せましょか〜」
 そう聞こえるって言うんです。


 「赤い半纏〈完全版〉」では、「その寄宿舎というのは、広ーい畑の真ん中にぽつーんと建っている、小さな、木造の平屋の建物なんですね、分教場だったって云うんですね」と云うことになっています。それ以上に違っているのが、ここでは単なる「うわさ」扱いでしかない「赤〜いはんてん、着せましょか〜」を、「赤い半纏〈完全版〉」では、2016年1月15日付(01)に引いた『怖い話はなぜモテる 怪談が時代を超えて愛される理由と同様に「うわさ」になる以前に、差出人が「自分」で体験したことになっているのです。まさか「赤〜いはんてん、着せましょか〜」などと云う声がだんだん迫って来るような体験を実際にする訳はないと思うのですけれども、この「赤いはんてん」でも差出人本人は、当然のことながらそんな体験を「自分」でしたことには、なっていないのです。
 それから「ばあさんの声」とありますが「赤い半纏〈完全版〉」では稲川氏は、節を付けているものの普通に地声で演じています。(以下続稿)