瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

恠異百物語(4)

 3日前からの続きで、3話め(100話中の75番めという設定)を抜いて置く。

 
 みたびわたくしの番でございます、これも大阪の話/でございます、北の新地に身持ちの悪い女がおりまし/た、瀬戸内の島の出身で、二十になる前に大阪に出ま/して、随分ひどい目に遭ったとか申します、この女が/店の客と、こう、すぐに仲良くなる、それで子供が出/来たのでございますけれども、父親が誰か分かりませ/ん、今では血液型なぞとあるようでございますけれど/も、、もとよりそんな智恵のある女ではございません、/仕方なしに一人で育てまして、五年経ちました、これ/までいい加減にして来た女でございましたけれども、/真面目な男に真面目に惚れられまして、もとより子供/があるなど申しませず、アア、ヤット運ガ向イテ来タ/ヮと思うと子供が無性に邪魔になりました、そこで幼/稚園の方には大阪でこんな稼業をしていてはまともに/育てられません、幸い郷里の島に年老いた両親がおり/ます、娘はこんな身に落ちても孫は可愛うございまし/ょう、そちらの方がこの子にも宜しうございましょう、/とことわりまして、大阪から夜行のフェリーに乗りま/した、昼の間さん%\ジュースを飲ませまして、夜中【17下】に子供がオシッコと申します、甲板に子供を連れて行/きまして、船縁に立たせまして、月は満月でしたか、/大変明るかったと申します、誰もいないと見て、海に/小便を垂れている息子を小便ごと突き落としました、
 郷里の島には戻りませんで、そのまま大阪に引き返/しました、けれども相手の男も誠実ではありましたが/お金がありません、店の勤めを続けているうちに、こ/んな女でございます、またふらふらと流れてしまいま/す、一度はままよ二度三度、度重なれば情けなや、阿/漕ケ浦に差す棹の、とやら申します、男とは切れてし/まいます、また先のような生活を送っておりました、/惚れた男とは気を付けておりますが行きずりとは気を/付けません、また子供が出来てしまいました、それが/また五年経ちまして、今度は金持ちの、バツイチの中/年男といい仲となりました、結婚しようと云う話にな/りまして、女もこれを逃したら夜の街で老い朽ちるば/かりでございます、別に子供がいると言っても構わな/いような相手でございましたけれども、嘘が習い性に/なっております、子供はいないことになりまして、ま/た夜行のフェリーに乗りました、たま/\でございま/しょうが満月だったと申します、水気を摂らせまして、/夜中にオシッコと言わせました、また甲板に連れて行【18上】きまして、小便を垂れようとする息子を後ろから突こ/うと致しますと、子供はくるりと振り返りまして、/――コンナバンヤッタナ。
 にっこり笑って言ったそうでございます、それが、、/相手の男は哀れと思ったのでございましょう、子供を/引き取ったと申します、子供は何も覚えていないと申/しておるそうでございます、
 さて、みなさまあと一巡でございます、似たような/話はなさらぬようご注意願います、わたくしも今の話/はいくぶん初めにお話ししたものと似ておりました、/それでは灯心を一つ抜きます、お後願います、


 この話は昭和62年(1987)、高校1年生の1学期か2学期に同級生(H君)から聞いた。親しいと云うほどではなかったが、こんな話が好きで、私の求めに応じていろいろと語ってくれた。だいたいこんな内容だったが、細部はかなり潤色している。変更したところは決まり文句で、もとは「今度ハ突キ落トサナイデネ」と云うのであった。これも当時は気にならなかったのだが、後になって考えてみるとおかしい。「今度ハ突キ落トサントイテナ」と言わせるべきである。してみると、これはラジオ・テレビ・雑誌や書籍等から出て、稲川淳二が節を付けた決まり文句「赤イ半纏着セマショカ〜」が、変化せずにそのまま受け継がれたように*1、この関西弁でない決まり文句は、どうやら原話のままを引き継いだらしいのである*2。――小説に仕立てるに当たって、ここが気に入らぬので満月の夜のことにして「こんな晩」に置き換えたのである。(以下続稿)

*1:2016年1月16日付「赤い半纏(02)」参照。

*2:この問題に関しては2016年1月22日付「赤い半纏(08)」に触れたことがある。