瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

手塚治虫『ブラック・ジャック』(4)

大林宣彦監督『瞳の中の訪問者』(4)
 映画では自分の愛する女性を傷つけてしまった男性が、回復のために奔走した結果、ブラック・ジャックに逢着するのだが、原作ではこの辺りの経緯が曖昧である。
 ただの角膜白斑なら普通に眼科を受診して手術を受ければ良さそうなもので、どうしてブラック・ジャックが専門外の手術を引き受けることになったのか、その辺りの事情は全く説明されていない。
 千晶の身内は繁華街の場末で小料理屋を営む初老の父親だけらしい。私立らしい女子高に一人娘を通わせているくらいだから貧乏と云う訳ではなさそうだが、裕福ではない。その証拠に30頁4コマめ、父親が「だけどさァ先生 治療代ぐらいは払わせておくんなさいよ」と云うのをブラック・ジャックは断っている。報酬は同じコマの父親の台詞の続きに「いくらなんでもひと月間だけタダでのませろってのはじょうだんでしょ」と云うことになっている。この会話からすると、もともと行きつけの店で、ちょっと変わった客の職業が医者と知った父親が娘の症状について相談し、ブラック・ジャックが専門外ながら一肌脱いだ、と云うことになりそうである。
 眼科を介さず外科医にいきなり見せた(らしい)のは不自然だけれども、片親の気立ての良い娘が、心配掛けまいとしてかなり重くなるまで我慢する、と云ったようなことはありそうである。
 しかしながら、結局のところ、原作者手塚氏が思い付いたアイディア、――突然終焉を迎えた人の角膜に、絶命する直前に見たものが焼き付くのでは? と云う発想を活かすために、わざわざ専門外の、難しくもない眼科の手術をブラック・ジャックにさせたように思われるのである。

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 原作では35頁、千晶に使用した角膜(眼球)に何らかの問題があるのだと見当を付けたブラック・ジャックは、眼球銀行*1にて、38頁2コマめ「ハイこの角膜の持ち主は館与理子*2という女性で ハア/三か月前なくなっております 死亡原因は殺害です」との説明を受ける。さらに3〜4コマめ、警視庁資料課に出向いて「三か月前の殺人事件? 被害者の名は館与理子…ああ……これだ!こいつはまだ未解決ですよ/殺されたのは十九歳の女子学生でね 乱暴されたうえに首をしめられたのです」と聞かされる。さらに「箕面医大人体物理学教室*3」に「小松佐京先生」を訪ね、7コマめ「人間の視覚神経が強い刺激をうけたとき/その網膜が角膜に見たものの像が焼きつくとかいう」見当について意見を求めている。
 映画では楯与理子殺害の直後に今岡コーチが眼球をアイバンクから盗み出していたことから、今岡コーチに殺害の嫌疑が掛かり、アリバイが証明されて釈放されてから、京子とともに後に片平なぎさが「2時間ドラマの女王」として得意とするところの素人探偵を開始する。映画の楯与理子は学生ではなく結婚していて、コーチと京子は旧家らしい楯家を訪ねて夫の楯雅彦(和田浩治)とその妹(檀ふみ)に会う。
 従って、千晶の見ていた男性=犯人と、与理子との関係も大きく書き換えられている。(以下続稿)

*1:ルビ「アイバンク」。

*2:ルビ「たてよりこ」。

*3:「学」は本字に近く「教」は本字、「室」は切れていて見えない。