瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

水島新司『ドカベン』(21)

・長島の故障と転校未遂
 昨日の続きだが、今回も映画に全く言及しないので見出しを変えた*1

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 原作に於ける長島の転校に関する件、――長島の「いい思い出ができたよ」との台詞と、球威のなさに驚いた山田が、その後、柔道部に戻って放課後の練習をこなした後、制服に着替えながら窓の外を見ると、校門の近くで大河内生徒会長と長島が話しているのを見る(文庫版④272〜274頁)。
 山田が(よし 行ってみよう/長島さんに対するぼくのモヤモヤがわかるかもしれない)と校舎を出たときには長島は校門から立ち去るところで、残っていた大河内に事情を聞く(文庫版④274〜280頁)。「生徒たちに人望も深い」長島の転校を引き留めていたと言う大河内に、山田は投球を受ける前に聞かされた理由、すなわち「でもおとうさんの仕事の関係だからしかたがりませんよ」と言うのだが、大河内は「長島くんのご両親がなぜ転校するのかわからないと言っているんだから」と衝撃的なことを言う。
 ここで後ろで聞いていた岩鬼が「つ つまり 長島の転校の理由は や 野球や こ これしかあらへんわい」「も もう少しくわしく言うと あ あいつは野球部をやめさせられたさけや アホ!!」と、突如長島が野球部を辞めていたことを言い出すのである*2。しかし夏(か秋)の大会から4月まで半年経っているはずなのに、そんな話は全く出て来なかったのだけれども。まぁそのことには目を瞑るとして、問題は大河内生徒会長が長島の「転校届」を手にしている点である。
 岩鬼の指摘に対し山田は「あ それだ」と反応する(岩鬼も知っているそんな大事なことを、山田が知らなかったのか、それとも、――忘れとったんかい、と突っ込みたくなる)のだが、大河内は「野球部復帰は10日前に決まっている」そして「長島くんが転校する学校に野球部はない!!」と言って否定する。そして「やはりこの転校届は受理しよう」と言うのである。
 いや、生徒の転校を扱うのは生徒会ではなく、まづ担任が話を聞いて、教頭や校長の決裁も必要だろうし、除籍に関する事務的な処理は事務職員が行うはずである。生徒会が受理すると云った種類の話ではない。
 それを云うと、新年度が始まった直後に転校すると言い出したのも普通に考えると時期的に変である。春休みにひっそり転校すれば良さそうなものだ。しかしながら、この転校時期の問題は以下のように考えると一応辻褄を合わせられそうなのだ。
 すなわち、――長島は中学2年の夏に、監督の指示を無視したことで退部させられていた。この敗戦時、長島は中学2年生の癖に(すべてもう終わった…)とまで思っている(文庫版②105頁4コマめ)ので、既に何らかの事情が存したことになるが、特にそのことはこの時点では説明されていない。そして中学3年の4月に謹慎期間が解けたと見なして復帰させることと決まったのだが、既に最後の登板を終えて(すべてもう終わった…)と思っていた長島にとって、それは有難くない措置だった。既に十分なパフォーマンスの発揮出来ない状態になっており、野球部から強制的に排除されていたので無様な姿を晒すことなく過ごせていたのだが、復帰させられて登板しようものなら、自分が既にかつての絶対的なエースではなくなっていることを見られることになる。捕手の捕球出来ない変化球を投げてでも勝負する、誇り高い男に、それは耐えられないのである。しかし、やはりプライドから、逃げたとは思われたくないので「父の仕事の関係でね」などと嘘をつき、そして転校先もかつての好投手の評判を知って野球部に勧誘されたりしないよう、わざわざ野球部のない学校を(恐らくわずか10日の間に)選んで急遽移ることにしたのであろう。幾らなんでも親が何も知らずに息子の為すがままに任せるはずもないから、両親は息子と秘密を共有し、息子の知られたくないことについて知らぬ存ぜぬを通すことにしたのだろう、と一応は考えられる。
 しかし、大河内・岩鬼・山田の3人がこんな会話をしたのは、長島の肩の故障を知らない(山田だけは投球を受けて感付いてはいるが)と云う前提のはずである。もしこれが有名な事実であるなら、肩の状態がそんなに悪いのか、と云う話になったろうし、山田も投球を受けたときにそう思うはずであるが、実際には(おかしいな 長島さんのタマに威力がない)と初めて気付いたかのようなのである(文庫版④268頁4コマめ)。
 ところが、ここから急に、長島の肩の怪我は周知の事実のようになって来るのである。
 長島はその後、山田に転校届を返されて(文庫版④293頁1コマめ)、それで転校しないことにしたのか、どうもよく分からないのだが、最終的には眼の手術の前に山田を訪ねて来た小林真司を見て、「おれは今の小林の執念を見てもう一度肩の故障と戦ってみる気になったぜ!! ……ビーンボールをくらって再起不能と言われたこの肩とな……」と山田に宣言するのである(文庫版④326頁2コマめ)。投げ込みのしすぎとか、練習中に捻ったとか、そんな目立たないところでの怪我じゃなくて「ビーンボールをくらって再起不能」なんて派手な壊れ方をしていたのに(おかしいな 長島さんのタマに威力がない)は、おかしいだろう。やたらと生徒の動向に詳しい大河内生徒会長が把握していないのも妙だ。
 とにかく長島は転校を取りやめ、他の部員が全員辞めて、柔道部から移った岩鬼1人になっていた野球部に、2人めの部員として再入部する。それを見て、元野球部員たちが「長島さんが野球部に復帰した………」「右肩を痛めて再起不能といわれたあの長島さんが」と言って自分たちも復帰しようとするのだが、岩鬼が道理を説いて拒絶するのである(文庫版⑤29〜33頁)。――ここまで野球部員たちも分かっていたのなら、野球部復帰から逃れるために転校する必要もなさそうなもんだが。
 そもそも、長島は「やめさせられた」んじゃなかったのか。それはやはり監督の指示を無視したからだろう。それとも、故障と両方と云うことなのか。……伏線を張るために敢えてこの当座には描写しなかったのだとしても、故障の原因となった「ビーンボールをくらっ」た経緯くらいは、この辺りに回想シーンとして描き入れて欲しかったと思うのである。大河内も岩鬼も山田も知らなかったのに、本人も元野球部員たちも「再起不能と言われた」と第三者にまで知られているかのような口振りなのは何故なのか、と云った辺りを。(以下続稿)

*1:【10月13日追記】タグの[映画]も削除した。

*2:当初、岩鬼は吃音だった。