瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

水島新司『ドカベン』(25)

鈴木則文監督『ドカベン』(20)
 今回は映画の一場面のロケ地について確認して置く。
 原作では、岩鬼が山田の住む長屋を初めて訪ねるのは、母親や兄たちの言い付けを破って、長兄の婚約者・影丸亜希子の弟・隼人と柔道の試合で対戦し、負傷させてしまったことで家に帰れなくなったときのことで、山田兄妹に付いて山田家に行き、結局泊まることになるのである(文庫版②27〜32・58〜81頁)。
 映画でも影丸を倒して後は同じ展開になるが、山田の家を訪ねるのはこれが初めてではなく、自分よりも大きい弁当を持って来ていたこと等で山田を目の敵(?)にした岩鬼がストーカーのように山田を付け*1、長屋の屋根の隙間から山田家を覗いていたところ、サチ子(渡辺麻由美)に泥棒と勘違いされ、出刃包丁を持った(!)サチ子に追い掛けられる。屋根から落ちたときにゴミバケツに尻が嵌ってしまった岩鬼が神社に逃げ込むと、サチ子は境内でキャッチボールをしていた男児たちに、出刃包丁を向けて(!)「軍司君、泥棒捕まえて」と声を掛ける。声に応じて「よーし」と、当時の南海「Hawks」の背番号「17」のユニフォームを着た男児岩鬼の下駄目掛けてボールを投げると岩鬼は転倒。サチ子は出刃包丁を天に突き上げて「やったぁ!」と喜ぶのである。
 この場面、「予告篇」では、家から飛び出したサチ子が出刃包丁を持って、屋根の上を見上げて「岩鬼の馬鹿野郎!」と言っている。当初は完成した映画とは若干設定が異なっていたのであろうか。
 さて、この軍司君は9月1日付(05)に触れたように井の頭軍司と云う役名で、原作者の長男水島新太郎(1967.2.17生)が演じている。原作では10月6日付(17)に触れたようにサチ子の入学した青田小学校の3年生で番長、岩鬼と喧嘩(文庫版④105〜138頁)と野球(文庫版④281〜297頁)で対戦するのであったが、映画ではサチ子に言われて岩鬼にボールを投げ、それから追い掛けられるだけである。この、転倒したことで尻からバケツが外れた岩鬼に逆に追い掛けられる場面で、朱塗りの鳥居が連なる中を逃げ回り、長身の岩鬼は頭をぶつけて鳥居を割り、さらには鳥居を1つ引き抜いて(!)何故か担いで追い掛けるのであるが、鳥居に混じって立ててある紅白の幟には「武芳稲荷大明神」とあり、一番前の鳥居に額が掛かっているが、文字は「‥‥稲荷尊天」らしい。そして向かって左の柱に「 岡田藤太郎」右の柱に「 武芳稲荷講々元」とあるのが読める。そして、子供たち(男児6人とサチ子の計7人)は複線の線路を走り(!)、無人踏切で街路に逃げ込むのだが、その無人踏切の線路の間に、白地の看板に縦書きで、

  軌道内通行止
あるかない、せんろは電車の通る道
         神奈川県警察
         神奈川県交通局

とあるのが読める。子供たちが駆け込む踏切の出口の左脇にも、一部が錆びた白地の看板に縦書きで「踏切だ鳴らせの警報機」とあって、下部に横書きで小さく「神奈川県警察/神奈川県交通局」とあるのだが、「神奈川県警察」は所轄の署の名称で良さそうなものだし、神奈川県には県営鉄道やバスが存在しないから横浜市川崎市のように交通局なる部署は存在しないはずである。そう思って良くみると、この下部の2行は、同じ大きさの白塗りの板に書いて、この撮影のために張り付けたもののようである。それでは此処は何処かと云うに、同じく踏切脇の紺地に白字の住居表示板「幸町二丁目38」も撮影用らしいから当てにならない*2のだが、その前の「武芳稲荷」がヒントになる。
 これは雑司ヶ谷鬼子母神の境内にある武芳稲荷であろう。なんと「岡田藤太郎」と書かれた金属製(朱塗り)の鳥居は、額は代わっているが現存する。そうすると子供たちと岩鬼が走っている線路は附近を走る都電荒川線であろう。『ドカベン』は横浜が舞台と云うことになっているので「東京都交通局」の看板を「神奈川県交通局」にしたのであろう。しかし雑司ヶ谷附近の都電荒川線は、東京メトロ副都心線の工事以来、それに関連した道路の拡幅工事なども行われていて、全く往時の面影を止めていない。(以下続稿)

*1:10月31日追記】柔道部に入る決意をした山田が、柔道部室にあった他の運動部の備品を排除して掃除し、擦り切れた畳6帖を修繕のために持ち帰る。岩鬼はそれを見ていて「かっぱらいや。あいつ細い目で善人面しやがって、えげつないことしよるで」と呟いて(この場面に銅像が写るが、名前などは確認出来なかった)、そのまま長屋まで付けて来たらしい。

*2:10月22日追記】この住居表示については10月22日付(31)に触れた。