瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

水島新司『ドカベン』(50)

山田太郎ストーカー(?)の面々
 『ドカベン』と云えば、中学柔道部時代の仲間たち、鷹丘中学柔道部主将木下次郎、武蔵中学夜間部柔道部主将賀間剛介、花園学院中学柔道部主将影丸隼人が、何故か高校では関東甲信越高校野球部に入って、山田を倒そうとすると云う、謎の展開が印象に残っている。ちょっと柔道界に失礼だと思うのだが、とにかく山田を知ってしまった多くの同世代が、打倒山田を目標にわざわざ県外に転出したり、柔道を止めて野球に転向するなどするのである。
 柔道からの転向ではない*1が、不知火守や雲竜大五郎はわざわざ神奈川県の高校への進学を選んでみすみす甲子園出場を逃している。
 鷹丘中学野球部では試合出場は東郷学園中学戦のみで、活躍はしているが特にそこで注目を集めたと云うことにもなっていない。それなのに*2不知火は既に山田の存在を知っていて、鷹丘中にも高校野球部の主将たちに混じって見に来ていた。それ以前から、すなわち「SEINAN」中学で中1か、中2で捕手を務めていたときに、既に凄い選手だと評判になっていたらしいのである。
 そうだとすると、11月14日付(48)で見た、里中の回想で、里中だけでなく、東郷学園中学の野球部監督までも、山田の活躍を初めて見るもののように見入っていたのは、やや解せない。
 そして、経緯が今一つ呑み込めないのだが(かと云って、ここまでに指摘した水島氏の設定の揺れを見るとき、私がまだ確認していない巻に経緯が説明されていて、それが一見これまでの説明と矛盾しないものであったとしても、そのまま当初からの設定と見て良いか、躊躇せざるを得ないのだが)山田は、こんなに有名な自分のことを何故か誰も知らない鷹丘中に転校して来る。しかし、以前から住んでいた土地から離れている訳でなく、両親の死後山田兄妹を引き取ったらしい祖父(じっちゃん)の住む長屋から、徒歩で通える場所なのである。一体「SEINAN」中学はどこにあったのだろうか。
 それはともかく、隠しても滲み出てしまう才能の片鱗に引き寄せられるように、鷹丘中学でも新たな山田ストーカー(?)を獲得するのだが、鷹丘中での初代山田ストーカーは岩鬼正美であろう。長島徹も運動部の主将として忙しくしていたために左程目立たないが、理由も分からずに山田を追っていた岩鬼より、余程はっきりした目的意識の下、山田を追っている。
 そして明訓高校に進学することになる殿馬一人も、昨日見たように、山田を見掛けて鷹丘中に転校すると云う、筋金入りの山田ストーカーであったと云う設定にされてしまった。
 里中智も(同じ東郷学園中学野球部主将の小林真司もやはり山田ストーカーっぽいが)やはり山田ストーカーと云うべき追っかけ振りなのだけれども、しかし別にここまで運命の赤い糸みたいなものを張り巡らさなくても、――偶然知って次第に惹かれるようになったと云う設定で良さそうなもので、ここまで遡って初めから意識的に追っていたことにしてしまうと、一目惚れ(られ)のオンパレードみたいで、流石にそれはやり過ぎだろうと云う気分にさせられるのである。(以下続稿)

*1:相撲界からの転向でもない。

*2:2019年12月18日追記】「それなのに」を補う。