瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

飲酒と喫煙(4)

 大学に入学すると新歓コンパ、今はどうだか知らないが、当時は飲酒を強いられた。一気飲みなど普通に行われていた。
 私は少し口を付けるくらいはしたかも知れないが、飲まなかった。体質的に「飲めない」と言って飲まなかったのである。
 しかしながら冷静に考えて、1浪とは云え大学に入ったばかりで「飲めない」かどうか分かるほどの経験があろうはずがないのである。確かに、私の父は酒に弱くて、すぐに真っ赤になって、寝てしまう。
 それでも父は昭和のサラリーマンとして、それこそバブル期には高校生の私と殆ど顔を合わせないような生活をしていて、そこそこ飲めるようになっていた。
 母は強いけれども、父の退職後に晩酌に付き合うようになった程度で、それまではあまり飲まなかった。来客の折は次々と料理を出して相伴に与るどころではなかったのだけれども。
 私は父の様子を見て、それを口実にして飲まないことにしたのである*1
 父がアルコールに弱い体質だったのは間違いないだろう。しかし、それ以上に私が恐れたのは、正体を失うことだった。自分を自分で統制出来ない状態に陥るのが嫌なのである。尤も最近は、疲労の蓄積で飲酒しなくてもボケまくりなのだけれども。
 親類に酒乱の人間がいた訳ではないから、直接的な被害があった訳ではなく、被害の話を親しく聞かされた訳でもないのだが、やはり私は酔っ払いが嫌いなのである。
 幼い頃、駅前の踏切の脇で汚いオジサンが吐瀉物を撒き散らして道に転がっているのを見た。人と吐瀉物をセットで見る機会は多くないが、吐瀉物は今でもよく見る。その度にどうして吐瀉するまで飲むのか、不思議でならない。飲み会に参加して、酒飲みには歯止めが掛からないものらしいことは分かったが、何故ある程度で止めないのか、謎である。
 酒癖の悪い連中と直接付き合う機会は殆どなかったが、少数だけれどもいて、言いたい放題のことを言い、後日、その発言内容について質すと、酒の上でのことだ、と誤魔化すのである。しかし「生酔い本性に違わず」で、言いたいことを酒の力を借りて吐き出しているに違いないのである。誤魔化さなければ良いのに酒のせいにするのが、何とも卑怯に思えて嫌なのである。
 それから、院生時代には、別の大学で当時非常勤講師をしていた女性と、ある出版社の編集者と食事をすることになって、帰りには印刷会社*2の人に乗用車で駅まで送ってもらったのだが、助手席に座った女性が運転手に抱き付こうとしたのである。危うく死ぬところであった。私は運転手に頼まれて、後部座席から身を乗り出して(当時はシートベルトは義務化されていなかった?)その女性の両腕をつかんで抱き付けないように20分くらい押さえ続けたのである。
 日常的に酔っ払いに悩まされた訳ではなく、せいぜいこんな程度でしかないのだけれども、それはそこまで酔っ払いに接する機会を作らなかったからなのであって、やはり酔っ払いが嫌いなのである。実家にいた時分には落語を愛好して就寝時にテープレコーダーで聞いていたのだが、落語に於ける酔っ払いの描写も、極端な、誇張された側面があるのだろうけれども、これも私の酔っ払いに対する嫌悪感を増すのに効果があったようである。
 日本文学を江戸時代から遡って古代まで達しようと思っていた私は、時間が欲しかったのだ。酔っ払って正体を失うのがもったいなかったし、現実に酒飲みになると金も掛かる。飲まなかったことでどれだけ時間と金が浮いたか知れない。結局、江戸時代で足踏みして、幅広く読むようになったのはむしろ高校講師を始めてからなのだけれども。――もちろん飲まないことで付き合いが悪い奴だと思われたと思うが、私が大学に入った頃から一気飲みが問題視されて、それでも院生になった頃までは断るのが面倒だったけれども、その後別に飲酒を強制されなくなっているし、飲み会には顔を出して普通に話に興じていたから、それが特に支障になったとも思われない。
 思えば平成になってバブルが弾けて、顰蹙を買いながらも拒否し続けているうちに、当り前のように喫煙していたのがそうでなくなったのと同じように、当り前のように酒を強制しない世の中になっていた。時代が追い付いた、とは云わないが、私にとっては暮らしやすい世の中になった。
 しかし今、ほぼ退隠生活に入って、飲み会に参加する機会も殆どなくなって、久し振りに煙たい飲み屋に行って疲れたことで、やはり夕方には帰って毎日家で夕食を摂るのが一番だと思ったのである。routineに則って過ごすのが一番楽で、irregularは苦痛である。
 とにかく、低収入でも何とかなっているのは、酒も煙草もやらないからなのである。男の三陀羅煩悩「飲む打つ買う」のうち、他の2つ「打つ」「買う」も全く経験しないまま来た。今更それらを何とかしようと思わないのと同様、今更「飲める」かどうか確かめて見たいとも思わないのである。(以下続稿)

*1:コップ1杯の清酒を飲み干したことはある。小学4年の頃、近所の通学班で一緒だった1学年下(だったと思う)の女子の家に(遊び相手ではなかったから)何かの用事で出掛けて、テーブルの上にあった透明の液体の入ったコップに興味を示したところ、そこのオバサンに勧められたので、一気に飲み干してしまった、と思うのだが、……この記憶に誤りがなければ、実は強かったことになるのだけれども。

*2:12月2日追記】当初「で、出版社」としていたのを加筆・訂正した。