瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

Prosper Mérimée “La Vénus d’Ille”(6)

 何だか親戚のことを悪く書いたような按配になったが、落語「寝床」のようなもので、そこが困ると云うだけで総体では勿論良い人なのだが、普通に良い人であるところを述べても仕方がないので眼目であるごく一部を取り上げて、それで一寸極端な人のようになってしまうのである。

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・西本晃二 編訳『南欧怪談三題』(3)
 一昨日からの続き。
 3行取り3字下げの「***」で区切って、2節め(141頁2行め〜142頁4行め)には、141頁2行め「 次に本書の総題『南欧怪談三題』について。まず「南欧」であるが、‥‥」として、順に収録作品が「南欧」のものであることを説いて行くのであるが、「鮫女」の物語は形としては「イタリア半島北西部の町トリーノ」を出ることはないが、内容から見て、8行め「話の真の舞台が地中海に浮かぶ南欧の島シチリアなのは明らかである。」とする。南北問題の云われるイタリアの北部(北イタリア)は、南欧とは異なる、と云うイメージのようである。次に141頁9〜10行め「亡霊のお彌撒」の舞台ガスコーニュ地方について、「‥‥。ガスコーニュはフラ/ンス南西部、ピレネー山脈と境を接し、かつ大西洋に面する地域、つまり南欧以外の何物でもない。」と断定する。しかしこの書き方が、西本氏も無理を承知であることを示唆しているように思うのである。
 そして本作については8行(141頁11行め〜142頁4行め)と最も長い。末尾、作者のスペイン趣味は良く云われていることなので割愛して、そこまでの部分を抜いて置こう。

 最後に来る『ヰギヱのヴェヌス』の舞台「ヰギヱ」はルシヨン地方、こちらはガスコーニュと/は反対にイベリア半島の東の付け根、東ピレネー山脈に跨がり地中海に面して、かってのアラゴ/ン王国を形造ったカタロニア地域と境を接し、半ばスペインといっても言い過ぎではない地方に/ある。「ヰギヱ」は、フランス語では「イール・シュール・ラ・テット」(=テット川沿いのイー【141】ル)の、「イール」のカタロニア読みで、これまた南欧の一地域であるのはいわずもがな。‥‥


 まづ「ヰギヱ」とは何と発音するのであろうか。ワ行のヰ・ヱ・ヲはア行のイ・エ・オと同じ発音で良いのだから「いぎえ」と読めるが、鴎外の『ヰタ・セクスアリス』のようにワ行のイ段の音「ウィ」のつもりの「ヰ」で、「ヱ」も同様に「ウィギウェ」なのであろうか。「ヴェヌス」は英語ヴィーナスのフランス語読み。
 それ以上に不思議なのはルシヨン地方に関する記述で、「カタロニア地域と境を接」する「半ばスペイン」どころか、もともとはアラゴン連合王国カタルーニャの一部であった「本当はスペイン」の地域なのであるが、フランス(ブルボン朝)スペイン(ハプスブルク朝)戦争(1635〜1659)の結果、1659年11月5日締結のピレネー条約により、スペインからフランスに割譲されてそのままになっているのである。1700年にはカタルーニャ語の使用が禁止され、以来130年余り、フランス語のみが公用語となっていたから、Peyrehorade 家*1のような富裕な階級はフランス語・フランス文化を受け容れていた。一方で庶民階層は未だに、本来の母語であるところのカタルーニャ語を使っていたのである*2。(以下続稿)

*1:4月12日追記4月12日付(11)に述べたように、ここは当初、西本氏の訳に従って「ペイルホラード家」としていたのを原語に改めた。

*2:しかし、こういう事実に接すると、小6のときに国語の教科書で読まされた、ドーデ「最後の授業」(Alphonse Daudet“La Dernière Classe”)は何だったのか、と思わされる。エルザス・ロートリンゲンアルザス・ロレーヌ)地方は、自然国境説に基づく侵略戦争によってルイ14世以降、フランス領に組み込まれた、元来がドイツ語圏なのである。――私の担任は「最後の授業」の続きで、暴力的なドイツ語教師によって主人公たち生徒が苦しめられると云う話を朗読してくれたのだが、今検索してみると、どうも同じような授業を受けた人が他にもいるらしいので、教師向けの教授資料にでも載っていたのであろうか。