瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

Prosper Mérimée “La Vénus d’Ille”(09)

・冒頭部(1)
 それでは、これまでに見た3氏の訳について、冒頭部を引いて確認して見よう。
 まづ、念のため原文を引いて置く。Wikisource「LA VÉNUS D’ILLE.(1837)」に拠った。

Ἵλεως, ἢν δ’ἐγώ, ἔστω ὁ ἀνδριὰς καὶ ἤπιος οὕτως ἀνδρεῖος ὤν.
ΛΟΥΚΙΑΝΟΥ ΦΙΛΟΨΕΥΔΗΣ
 
 Je descendais le dernier coteau du Canigou, et, bien que le soleil fût déjà couché, je distinguais dans la plaine les maisons de la petite ville d’Ille, vers laquelle je me dirigeais.
 — Vous savez, dis-je au Catalan qui me servait de guide depuis la veille, vous savez sans doute où demeure M. de Peyrehorade ?
 — Si je le sais ! s’écria-t-il, je connais sa maison comme la mienne ; et s’il ne faisait pas si noir, je vous la montrerais. C’est la plus belle d’Ille. Il a de l’argent, oui, M. de Peyrehorade ; et il marie son fils à plus riche que lui encore.
 — Et ce mariage se fera-t-il bientôt ? lui demandai-je.
 — Bientôt ! il se peut que déjà les violons soient commandés pour la noce. Ce soir, peut-être, demain, après-demain, que sais-je ! C’est à Puygarrig que ça se fera ; car c’est mademoiselle de Puygarrig que monsieur le fils épouse. Ce sera beau, oui !
 J’étais recommandé à M. de Peyrehorade par mon ami M. de P. C’était, m’avait-il dit, un antiquaire fort instruit et d’une complaisance à toute épreuve. Il se ferait un plaisir de me montrer toutes les ruines à dix lieues à la ronde. Or je comptais sur lui pour visiter les environs d’Ille, que je savais riches en monuments antiques et du moyen-âge. Ce mariage, dont on me parlait alors pour la première fois, dérangeait tous mes plans.


 それでは訳文、まづ時代順に2017年6月17日付(01)に挙げた杉捷夫訳(岩波文庫)を引いて置こう。112頁(頁付なし)中央に小さくエピグラフ、113頁は3行分空けて本文、114頁6行めまで。傍点箇所は仮に太字にして示した。また右傍に小さく「*」にて注のあることを示すが、注については後で纏めて検討することにする。

  「お手やわらかにねがいたいものだ。力もあるらしいが
   同じくらい慈悲ぶかくあってほしい」と私は言った。
               ――ルキアノス作『うそつき』*



 私はカニグーの丘の最後の一つを下っていた。すでに日の落ちたあとではあったが、平野の/中にささやかなイールの町の家並が指呼のうちに望まれた。この町がめざす目的地である。
 「ときに、ペイレオラードさんのお住居はどこか、むろん知っているだろうね?」前日から/道案内を勤めているカタローニュ(カタルーニャ)の男に向かって私はこうきいてみた。
 「知ってる段じゃありませんや!」と、その男は叫んだ。「あの旦那の家ならまるで自分の家/同然に知ってまさあ。こんなに暗くなけりゃ、あれがそうですってお見せ申すところです。立/派なことではイール第一等ですよ。何しろ金があるからね、ペイレオラードの旦那は。おまけ/に息子を自分よりもっと金持ちのところと縁組させようてんだ」
 「その婚礼というのは間近かね」
 「間近ですとも! はや婚礼の楽隊の注文がすんだでしょうかね。今晩か、たぶん、あすか、/あさってか。婚礼の式はピュイガリィグです。息子どんが嫁御寮にもらわっしゃるのは、ピュ/イガリィグのお嬢さんです。さぞかしみものでしょうよ、ほんとのことでさあ!」【113】
 私は友人のド・ペー*氏からペイレオラード氏にあてた紹介状をもらっていた。この友人の言/によると、その紳士は学殖豊かなしろうと古代学者で、折紙つきの親切者だというのである。/十里四方にわたる廃墟という廃墟を一つのこらず、喜んで案内してくれるだろうというのであ/る。ところで、古代および中世の遺跡に富んでいることのわかっているイールの町の付近を見/物するのに、私はこの紳士をあてにしていた。初めてきくこの婚礼の話は、私の計画をすっか/り狂わせてしまった。


 次に4月3日付(04)に取り上げた西本晃二訳『南欧怪談三題』から、74頁中央から下に小さくエピグラフ、75頁は最初6行分空けて本文、76頁12行めまでを抜いて置く。

  「彫像がお情*1け深くかつ穏和であらせられますように、あんなにも男*2らしいんだから。」
                            ルキアーノス作『法螺好きの懐疑論者』



 太陽はすでに地平の彼方に姿を消してしまっていた。けれども、カニグゥ山塊の前山*3、最後の/降*4りにかかっていた私には、眼下の平野に点在するヰギヱという小さな町の家々がまだじゅうぶ/ん見分けられた。このヰギヱに、私は行くことにしていたのである。
 前日から道案内*5に雇ったカタロニア男に声を掛けた。「おい、ド・ペイルホラード氏のお宅が/どこかは、むろん知っとるんだろうな?」
「知っとるんだろうな、ってねェ!」と男は叫んだ、「あん人の家*6なら、もう自分ん家*7同様、どこ/がどうなってるかまで知ってまさァ。で、もしもこう薄暗くなかったら、どこにあるかだって、/指差して教えてあげられるぐらいですよ。ヰギヱで一番立派なお屋敷だもん。なにしろ金がある/からねェ、あのド・ペイルホラードさんときたら。それがまた息子を、自分よりもまだ金持ちと/縁組させようってんだから。」【75】
「ええ、その婚礼ってのは、もうすぐなのかな?」と、私は続けた。
「もうすぐかな、って! 宴会のための楽士だって、もう注文済みのはずでさァ。きっと今晩か/な、それとも明晩、あさっての晩か、知らないけど。ピュイガリッグでやるんですよ。ってのは/ね、息子の大将が結婚するのは、ド・ピュイガリッグ家のお嬢さんときてるんだから。きっと豪/勢な婚礼になるでしょうよ、まったく!」
 私は友達のド・P氏から、ド・ペイルホラード氏宛の紹介状を渡されて来ていた。この友達の/いうところによると、ド・ペイルホラード氏はなかなか見識豊かな地方考古学者で、また親切な/もてなしということでも定評がある人物、必ずやヰギヱを中心として十マイル圏に散らばってい/る昔の遺跡を、片っ端から見せてくれるに違いない、というわけだった。そこで私としても、古/代・中世の遺跡が多いと承知していたヰギヱ近辺の考古探訪については、同氏を大いに当てにし/ていたのである。ところが、いま初めて耳にしたこの婚礼の件は、私の目論見をすっかり狂わせ/てしまった。


 最後に4月2日付(03)に取り上げた平岡敦訳(岩波少年文庫)を見て置こう。189頁、2行分空けてエピグラフで3字下げでやや小さく、1行空けて本文。190頁11行めまで。少年文庫らしく細かい注記があり、やや小さく〔 〕に入れて本文中に挿入しているが、大きさは変えずに示した。

    「彫像とて、心ひろく親切であって欲しいものだ。人間にかくもよく似ているの/だから」とわたしは言った。*8
                            ルキアノス『嘘つき』*9



 わたしはカニグー山〔フランス、ピレネー山脈東部の山〕の最後の丘をくだっていた。日は/すでに沈んでいたけれど、目ざすイール〔南フランス、スペイン国境近くの町〕の鄙びた家並/みを平野に見わけることができた。*10
 「ねえ。きみ、ペロラード氏の家はどこだか、知ってるんじゃないか?」わたしはガイ/ドに雇ったカタルーニャ〔スペイン北東部〕生まれの男にたずねた。*11
 「知っているかですって!」と男は叫んだ。「そりゃもう、自分ちみたいにね。こんなに/暗くなければ、指さすことだってできますよ。なにせ、イール一のお屋敷だ。お金持ちで/すからね、ペロラードの旦那は。おまけに息子さんが結婚する相手というのは、輪をかけ*12【189】て金持ちときてる」
 「結婚式はもうすぐなのかね?」*13
 「もうすぐにもなにも.婚礼のバイオリン弾きはとっくに雇われてます。今晩か明日か、/あさってってとこでしょう。結婚式はピュイガリッグで行われるんです。若旦那の結婚相/手は、ピュイガリッグ家のお嬢さんですから。さぞかし豪勢な式になるでしょうな」*14
 ペロラード氏をぜひ訪ねるようすすめてくれたのは、友人のP君だった。彼が言うには/氏はとても親切な人物で、古い歴史などにも詳しいらしい。十里四方〔一里は約四キロメー/トル〕の遺跡を喜んで案内してくれるだろうとのことだ。それならイールの周辺を見てま/わるのに、手を借りられるかもしれない。あのあたりには古代や中世の建造物がたくさん/あるはずだと、わたしは期待していた。しかし結婚式があるとは初耳だった。だとすると/計画にさしつかえる。*15


 それぞれの訳の特徴、それから異同については、次回検討することにする。(以下続稿)

*1:ルビ「なさ」。

*2:ルビ「ひと」。

*3:ルビ「まえやま」。

*4:ルビ「くだ」。

*5:ルビ「ガイド」。

*6:ルビ「うち」。

*7:ルビ「ち」。

*8:ルビ「ちょうぞう・ほ/」。

*9:ルビ「うそ」。

*10:ルビ「おか/しず・ひな/」。

*11:ルビ「/やと」。

*12:ルビ「さけ/や しき/だんな・むすこ・けっこん」。

*13:ルビ「けっこんしき」。

*14:ルビ「こんれい・ひ・やと/けっこんぢき・わかだんな/じょう・ごうせい」。

*15:ルビ「/くわ・り/い せき//けっこんしき/」。