瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

Prosper Mérimée “La Vénus d’Ille”(11)

・冒頭部(3)
 4月10日付(09)の続きで、杉捷夫(岩波文庫)西本晃二(未來社)平岡敦(岩波少年文庫)3氏の訳の比較。
 まづ、登場人物の読みがまちまちである。
 原文「M. de Peyrehorade」杉氏「ペイレオラード氏」西本氏「ド・ペイルホラード氏」平岡氏「ペロラード氏」――人によって「e」や「h」を発音したりしなかったりしている。4月5日付(06)にて、この人物の名前を西本氏の訳に従って示したが、これにも遡って、当ブログでは原文で示すことにした。なお「Peyrehorade」はガスコーニュ地方の地名で、Google Map その他では「ペルオラード」となっている。
 原文「mademoiselle de Puygarrig」杉氏「ピュイガリィグのお嬢さん」西本氏「ド・ピュイガリッグ家のお嬢さん」平岡氏「ピュイガリッグ家のお嬢さん」――この「Puygarrig」はイールから余り隔たらない場所の、地名のはずなのだが、検索してもヒットしない。
 それはともかく、富裕な両家はともに姓が「de 地名」で、貴族階級に属していたことが分かる。
 続いて地理について。
 杉氏「カニグーの丘の最後の一つを下っていた。」西本氏「カニグゥ山塊の前山、最後の降りにかかっていた」平岡氏「カニグー山〔フランス、ピレネー山脈東部の山〕の最後の丘をくだっていた。」――杉氏の訳では「カニグー」は丘陵地のように読めるが、平岡氏の訳注にあるようにカニグー山(2784m)はピレネー山脈の、地中海に最も近い2000m級の高山で、ルシヨン地方の象徴のような山なのである。
 杉氏「カタローニュ(カタルーニャ)の男」西本氏「カタロニア男」平岡氏「カタルーニャ〔スペイン北東部〕生まれの男」――杉氏と西本氏の訳には問題はないのだが、実は説明不足なので、これではうっかりすると平岡氏のように誤解しそうである。すなわち、舞台となったイールが、平岡氏の訳注に〔南フランス、スペイン国境近くの町〕とあるような地理的条件から、隣国スペインの人間がフランス国内にも頻繁に入り込んでいる、と云う可能性も考えられなくないが、このルシヨン地方については4月5日付(06)に述べたような経緯があるので、ここは、カタルーニャ語母語とする、すなわちカタルーニャ人の男、と云うことであろう。必ずしも現在のスペイン北東部のカタルーニャ州辺りの生まれでなくても良い。民族や言語の境界は国境と一致しない。いや、ガイドに雇われているくらいで、女神像発見の折には、Peyrehorade 家の若旦那アルフォンス君のポームの相方ジャン・コルと2人で Peyrehorade 家の農作業を手伝っていたくらいなのだから、彼はイールで生まれ育った現地住民と解するのが自然であろう。ルシヨンの住民も、元来がカタルーニャ人なのである。(以下続稿)