瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

Prosper Mérimée “La Vénus d’Ille”(20)

・I giochi del diavolo “la Venere d'Ille”(10)
 そしてラスト、パリの自宅に戻った主人公が Peyrehorade 家の近況と、女神像がどうなったかが書かれた手紙を読む。――主題曲が流れる中、荷車に乗せられた銅像を見送る Peyrehorade 氏、そして炎に包まれ、白い眼を異様に輝かせながら、やがて仰け反るように炎の中に倒れる女神像。炎を大きくぼんやりと写し、そこからカメラを背けて真っ黒になったところで主題曲の続く中、エンドクレジット。

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 前回述べた、女神像による新郎殺害の状況や、新郎の遺体など、原作とTVドラマで一致しないところがあるのだが、その辺りの比較は暫く見送ることとしよう。
 TVドラマでは描写されていない、アルフォンス君の遺体発見後の主人公の行動について、かいつまんで述べて置くと、―― Peyrehorade 夫妻を夫婦の部屋に引き上げさせ、そこに新婦も連れて行き、新婦の精神的なケアをするよう注意する。それから殺害方法や犯人について考えを巡らし、Peyrehorade 邸の周囲を見て痕跡を見付けようとする。そして女神像の辺りから館まで往復する足跡を見付けるが、雨でぬかるんでいるので、犯人の足跡なのか、アルフォンス君が指輪を取りに行ったときの足跡か判然としない。そうして女神像の前を何度も通るうちに、女神像の表情に恐怖を覚える。そこで自分なりの調査を切り上げて昼まで自分の部屋で過ごし、その後、検事の聴取を受ける。そこで、ポームの試合でアルフォンス君に侮辱された男のことを話す。検事はただちに男の逮捕を命じる。しかし男にはアリバイもあり、主人公が見付けた足跡とも一致せず、釈放されることになるのだが、この検事の聴取を受けたときに、新婦――アルフォンス夫人の供述内容を聞かされることになるのである。
 犯人の目星がつかないまま、検事は全く相手にしていない(TVドラマは完全に依拠している)アルフォンス夫人の供述が Ille の人々の間に迷信的な恐怖を広げて行く。主人公は新婚夫婦の寝室へ上がろうとするアルフォンス君と言葉を交わした、すなわち生前のアルフォンス君と最後に言葉を交わした下男に話を聞く。アルフォンス君が最後に気にしていたことは、主人公の居場所であった。4月20日付(18)に見たように、女神像の指から指輪が抜けないと言ってアルフォンス君は主人公に、女神像を見に行くよう依頼している。専門家である主人公が見れば、古代の銅像の仕掛けられているカラクリが見抜けるのではないか、と云うのである。しかし主人公は原作では酔っ払いの戯言か悪戯と思って、TVドラマではクララ(?)に妨げられて、女神像を見ずにしまった。そしてそのまま自分の部屋に引き上げて、好意を覚えている新婦が、彼女に相応しくない男によって、今まさに、同じ階の新婚夫婦の寝室で征服されようとしているのに、穏やかならざる気持ちになるのである。そんなこととも知らないアルフォンス君は、下男から主人公の姿を見掛けていない、と言われて、溜息をついて一分以上黙って立ち尽くした末に、原文では斜体「Allons ! le diable l’aura emporté aussi ! 」、翻訳では傍点「ヽ」を打って(仮に太字にして示した)杉氏「ふーんそうか! 畜生あの人もつれて行かれたのだろう!」西本氏「ヤレヤレ! 悪魔が、あの人もさらって行っちまったか!」平岡氏「やれやれ、あのひとも悪魔に魅入られたんだろう」と言ったと云うのである。
 そしてアルフォンス君も魅入られたように、のこのこと女神像の待つ寝室に向かったのである。

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 女神像が鋳潰されてしまうのは原作と同じだが、原作で女神像を鋳潰させたのは Peyrehorade 夫人である。Peyrehorade 氏は数ヶ月後に息子の跡を追うように死んでしまうのだが、TVドラマでは、この人物をそこまで悲劇的な結末にはしていない。
 原作の、アルフォンス君の葬儀の数時間後に Ille を去ることになった主人公を、憔悴しきった身体に鞭打つようにして見送ろうとする Peyrehorade 氏の姿には涙を催させるものがある。主人公は女神像がこのまま Peyrehorade 家に保管され続けることはないだろうとの予測から、博物館への寄贈を提案しようとするのだが、結局言い出せずに終う。――原作では、Peyrehorade 氏も花嫁の供述を半ば信じながら、それでも考古学・美術的価値を尊重する立場から、排除するような行動には出なかったらしい(しかし保存のための手段も講じなかった)のだが、TVドラマでは自らこの禍々しい銅像の処分を決断したことになる。(以下続稿)