瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

Prosper Mérimée “La Vénus d’Ille”(21)

・結末(1)
 4月10日付(09)に引用し、4月12日付(11)に比較した冒頭部と同様に、結末についても2017年6月17日付(01)に挙げた杉捷夫(岩波文庫4月3日付(04)に取り上げた西本晃二(未來社)4月2日付(03)に取り上げた平岡敦(岩波少年文庫)の訳を比較して見よう。
 まづ原文。

 M. de Peyrehorade mourut quelques mois après son fils. Par son testament il m’a légué ses manuscrits, que je publierai peut-être un jour. Je n’y ai point trouvé le mémoire relatif aux inscriptions de la Vénus.
 P. S. Mon ami M. de P. vient de m’écrire de Perpignan que la statue n’existe plus. Après la mort de son mari, le premier soin de madame de Peyrehorade fut de la faire fondre en cloche, et sous cette nouvelle forme elle sert à l’église d’Ille. Mais, ajoute M. de P., il semble qu’un mauvais sort poursuive ceux qui possèdent ce bronze. Depuis que cette cloche sonne à Ille, les vignes ont gelé deux fois.


 杉氏の訳(172頁3行め〜)。追記部分(6〜12行め)は1字下げだが詰めた。

 ペイレオラード氏は数か月後、子息のあとを追って死んだ。遺言により氏の手記は私に遺贈/された。私はたぶんいつかこれを公表するであろう。例のヴィーナスの銘に関する覚え書きは、/ついにその中には見当たらなかった。
 
 追 記
 友人ド・ペー氏は最近ペルピニャンより手紙を寄こし、例の立像はもはや存在していない/旨を知らせてくれた。夫の死後、ペイレオラード夫人の最初の心づかいは、この立像を鋳つ/ぶして鐘を造ることであった。そうしてこの新たなる形態のもとに、立像はイールの教会に/奉仕しているのである。けれども、と、ド・ペー氏はつけ加えて言っている。何かしら悪運/がこの青銅を所有するものにつきまとうらしい。この鐘がイールの町の空に鳴り渡るように/なってから、すでにぶどうが二度も凍ったのである。


 西本氏の訳(133頁10行め〜134頁4行め)、字下げなし。

 ド・ペイルホラード氏は息子のあとを追って、数か月後に亡くなった。遺言により、同氏の手/稿は私に譲られることとなり、いつかはこれを刊行することにもなろうかと思う。ただ、手稿中/には、ヴェヌス女神像の銘文に関する覚書は見出せなかった。
 
追記 つい最近、友人のド・P氏がペルピニャンから寄越した手紙によると、あの彫像はもう存/在しないとのことである。夫の死後、ド・ペイルホラード夫人が真っ先にやったことは、像を鋳/潰*1して教会の鐘にすることだったという。この新しい形のもとに、いまや像はヰギヱの教会に仕【133】える身となったわけだ。とはいえ――と、ド・P氏は付け加えている――あのブロンズを所有す/るものには、なにか悪運がついてまわるようだという。じじつ、あのブロンズでできた鐘の音が/ヰギヱに響き渡るようになってから、葡萄畑がすでに二度までも冷害に見舞われたとのことであ/る。


 平岡氏の訳(246頁14行め〜247頁9行め)では、追記の前を3行分空けている。これは追記の後の余白(2行分)と合わせて視覚的効果に配慮してであろう。

 ペロラード氏は息子のあとを追うように、数か月後に亡くなった。遺言により、彼の手*2【246頁】稿はわたしに譲られた。いずれ公にするつもりだが、ヴィーナスの銘文に関する覚書は手/稿のなかに見あたらなかった。*3


 
 追 記*4
 つい先日、友人のP君がペルピニャンからくれた手紙によると、ヴィーナス像はもうこ/の世に存在しないという。夫の死後、ペロラード夫人が真っ先にとりかかったのは、あの/像を溶かして鐘にすることだった。像は形を変えて、イールの教会に役立っていた。しか/し、とP君はつけ加えている。あのブロンズを持つ者には、よくよく悪い運命がつきまと/うものらしい。鐘がイールの町に鳴り響くようになって以来、ブドウの木が二度にわたっ/て霜枯れしたのである。*5


 Vénus 像の銘文云々は4月16日付(14)に触れたが、追って詳しく訳文を検討するつもりである。
 冒頭部にも言及されていた「M. de P.」だが、訳が「ド・ペー氏」「ド・P氏」「P君」と区々である。西本氏の訳は「ド・ペイルホラード氏」と同じく「ド・」を略さない。平岡氏は全て「ド・」を略している。杉氏はここでは「ペイレオラード氏」と違って「ド・」を附している。しかしイニシャルの「P」を「ペー」と片仮名にしたのは如何なものか。――高3の私は、フランスにはペーと云う姓があるのだと思い込んだのである。何故そんなことを覚えているのかと云うと、当時、2017月4月3日付「山岳部の思ひ出(6)」に述べたように山岳部を追放された後に、2017月4月4日付「山岳部の思ひ出(7)」に述べたように入り浸っていた(そして卒業アルバムにも、部員でもなく部費も払っていないのに堂々と写っている)文化部の後輩に「ペー」と渾名される人物がいたからである。どうして「ペー」と呼ばれることになったのかは知らない。私は心の中で彼のことを「ド・ペー氏」と呼んでいたのである。そんなに用事があった訳でもないのだが。(以下続稿)

*1:ルビ「い/つぶ」。

*2:ルビ「むすこ・な・ゆいごん・しゅ」。

*3:ルビ「こう・ゆず・おおやけ・めいぶん・おぼえがき/」。

*4:ルビ「ついき」。

*5:ルビ「と・かね//な・ひび/しもが」。