・末広昌雄「山の伝説」(3)
昨日の続きで、末広昌雄「山の伝説」の「山の宿の怪異」について、その原拠となったと見られる白銀冴太郎「深夜の客」の本文と対照させて見ます。しかし白銀冴太郎「深夜の客」の本文は改めて引用しません。既に当ブログにて、杉村顕道『信州百物語』所収「蓮華温泉の怪話」と対照させた箇所、まづは8月10日付(29)に引いた【I】巡査の来訪と男の追跡に対応する、「山の宿の怪異」の本文のみを抜いて見ることとします。15頁中段27行め〜下段20行め、
それから十分もするかしないうちに、また【15頁中段】もや表の戸を激しく叩く者がある。「開けてく/れ、早く!」と。
主人はもう我慢が出来ないほど気味が悪く/なったので、返事をしなかった。子供はいっ/そうおびえつつ、さらに縋りついて来た。
「おい開けてくれ、私だ。駐在巡査のMだ」/たしかに聞き覚えのある巡査の声である。主/人は表戸を開けると、巡査は外に突っ立って/いた。
「早速だが、お前の所に洋服を来た四十ばか/りの男が来やあしなかったかね」
「来ました、来ました。たしかに」
「まだいるかね」「断わって出て行って貰いま/したよ。たった今ここを出て行ったばかりで/す」
「今、そうかね。有難う」と、巡査はすぐに/雪の山道を走り去った。と思うと、白樺の林/の方にあたって、激しい人声が起こった。主/人は鉄砲を持ち出して、その方向に走り出した。‥‥
仮に太字にして示したのは、「深夜の客」には存在しないか、書き換えてある部分です。「深夜の客」に足した部分が多く、削ったのは2箇所の「開けておくれ」が目立つ程度です。
すなわち、発言順も含めて全く同じ展開で、「山の宿の怪異」は「深夜の客」のややこなれない表現を改め、書き足しているものと見て良いでしょう。「蓮華温泉の怪話」の方ではないことは、この部分だけからも明らかでしょう。
気になる異同は「駐在巡査の松野」が「駐在巡査のM」になっていることと、これは後で冒頭部と絡めて検討するつもりですが「雪の山道」となっていることです。
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結論が出ているのにこういうことをやるのは、面倒かつ余り面白くもないものですが、こういうことが後々検討する際に役立つこともあるので、労を厭わず、オチまで続けることにします。(以下続稿)