瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(64)

岡本綺堂「影」(8)
 さて、戯曲では、小説と違って地の文が使えません。「木曾の旅人」は台詞の間に適切に差し挟まれた地の文が、緊張感を高める効果を上げていたのですが、戯曲では台詞か、舞台の様子や登場人物の動きを説明するト書きだけになります。上演するとなれば演技、特に台詞によって観客に状況を理解させないといけません。台詞で理解させるとなれば、それは観客にも、他の登場人物にも分かるような説明である必要があります。
 TVの連続ドラマのように、決まった人物たちをずっと見ているのであれば、極端な話、台詞がなくても状況が視聴者にも伝わるでしょう*1
 しかしながら、本作の場合、「薄気味の悪い訪客」である旅人はもちろん、その他の登場人物たちの背景も、観客は承知していません。9月21日付(62)に見た芸妓おつやの自己紹介のように、誰かが語らないといけません。いえ、その誰かがおつやなのです。おつやは「木曾の旅人」の地の文が担っていた役割を引き受けて、まるで“説明台詞”を喋るために無理に登場させた人物のようになっています。ただでさえ不自然な登場のさせ方をしている上に、気が強くずけずけ物を言うキャラクターにその役を担わせたのですから、怪異に気付いて急に静かになる、と云う効果以上に“説明台詞”の強調と云う弊害の方が大きい、と云わざるを得ません。
 とにかく晩年に至って往年の名作「木曾の旅人」の緊張感を自ら破壊するような戯曲を書いてしまった、と云う印象で、2011年1月4日付(03)に養嗣子・岡本経一が述べているように、綺堂にとって「木曾の旅人」と云う「一つの作品」には、最初にそのヒントとなる話を聞いて以来「五十年」近い「歴史」があった、それだけ心にあり続けた主題であったことは分かるのですが、やはり「木曾の旅人」が頂点であったことを確認すると云う価値に止まるようです。
 もし、今後本作を再演するとすれば、おつやの排除が条件となるでしょう。しかし、おつやを排除してしまえば普通に「木曾の旅人」から新たに脚本を練れば良いだけの話になってしまいます。――せめて、おつやがもう少し控え目な性格であったら、例えば、236頁8〜9行め「直ぐ下の村で」重兵衛の「女房や娘は百/姓をしてい」る*2と云うのですから、急用があって重兵衛の妻か娘(太吉の母か姉)が訪ねて来た、と云うことであれば、状況を説明するような台詞があったとしても、ここまで五月蠅く――所謂“説明台詞”とは、感じられなかったでしょう。
 そう云えば「木曾の旅人」の上演、映像化作品はあるのでしょうか。もしあるのであれば、見てみたいし、出来ると云うのであれば、プランを聞いてみたいと思います。

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 本作は「木曾の旅人」の「五十年の歴史がある」系譜を辿る、と云うコンセプトの上からは、逸することの出来ない作品です。しかしながら、そのようなコンセプト抜きには(それこそ『綺堂全集』が実現するのでもなければ)決して復刊されるような作品ではなかったろうと思われます。
 その意味からも、これ以外にない復刊の機会を自ら仕掛けた東氏の功績に、改めて感謝したいと思うのです。(以下続稿)

*1:TVドラマはナレーションを入れることが出来ますが(あんまり多用されると脚本家に力量がないみたいに感じられますし、何だか馬鹿にされているような気分にもさせられます)。――とにかく、手紙なら相手に分かるように書けば良く、日記なら当人さえ分かれば宜しい(そして後年、当人にも分からなくなったりする)ので、対象が理解可能なところまで書けば良い訳です。

*2:ルビ「す/」。