瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

岡本綺堂の文庫本(13)

・岩井紫妻の「恋」と「死」(4)
 一昨日からの光文社時代小説文庫『女魔術師』177~192頁「岩井紫妻の死」と、中公文庫『怪獣』117~130頁「岩井紫妻の恋」の比較の続きで、今回は「下」について。
・『女魔術師』187頁9行め「座敷に這入って」は、『怪獣』126頁2行め「座敷に這入つて」と同じだが、これは嘗て「入る」を「はいる」ではなく「いる」と読んでいたからで、今は「入る」を「はいる」と読まない人の方が稀だろう。――原文の漢字を新字に改めつつも保存している『怪獣』はともかく、本文を現代風の表記に改めている『女魔術師』では「座敷に入って」とするべきだと思う。今、こう表記されて「ざしきにいって」と読む人はいないはずなのだから。
・『女魔術師』192頁1~2行め「‥‥いつか彼/の耳に這入ったのか、」も同様。『怪獣』130頁4~5行め「‥‥いつか彼/の耳に這入つたのか、」はそのままで良いけれども。
・『女魔術師』189頁3~4行め「‥‥。夜はしずかに更けて、城の太鼓が九つ(午前十二時)を/告げた。」が『怪獣』127頁10~11行め「‥‥。夜はしづかに更けて、城の太鼓が九つ(午後十二時)を告/げた。*1」となっている。この午前と午後は混乱しやすいところではあるのだけれども、真夜中なら(午後十二時)であるべきで、光文社文庫編集部がさかしらで間違いを入れたとも思えないから初出から(午前十二時)と注記されていたのであろう。中公文庫『怪獣』の底本である日本小説文庫『怪獸』に既に修正されていたのか、それとも2月24日付(10)に引いた中公文庫『怪獣』の断り書きにあった「明らかな誤植」と見ての「訂正」なのであろうか。――こういう興味は原本を見ないと解消されないけれども、解消されたところで大した問題ではないのだけれども。
 他にも段落の改行位置の違いなどもあるが、ざっと見た限りではこの程度の異同しかない。そうすると、2017年4月30日付(04)に引いた『女魔術師』の【編集部註】には「ほぼ同じ内容」とあったが、実際には2月25日付(11)にうっかり「まづ、書き出しが異なっている」と書いてしまった、例の冒頭の一文の追加くらいしか違いと云うほどのものはないのである。
 従って最大の違いは「岩井紫妻の死」と云う結末を明示してしまう題を「岩井紫妻の恋」に改めたことで、これは良い工夫だと思ったのだけれども、この一文がその効果を殺いでいる。しかし別に案もないし、比較すれば「岩井紫妻の恋」の方がまだ良さそうではある。(以下続稿)

*1:ルビ「ふ・ここの・つ/」。