瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

阿部主計『妖怪学入門』(3)

 2018年4月8日付(1)に挙げた諸版のうち、今手許に⑤平成4年(1992)雄山閣ブックス19と⑦平成16年(2004)新装版、⑧平成28年(2016)雄山閣アーカイブス 歴史篇の3冊がある。今回は口絵(20頁、頁付なし)について見て置こう。
 ⑤と⑦はアート紙、⑧は本文共紙で、キャプションは同文だかそれぞれ組み直されている。錦絵、掛幅、絵巻、版本挿絵が多く、本文中の図版も同様であるが、これは実は無断転載であったらしい。
 ⑤200頁⑥185頁⑦167~168頁「あとがき」に6項あるうちの4項め(8~11行め、改行位置⑤/⑥|⑦\で示す、⑥⑦は9~11行め1字下げ)、

一、本書の図版は尾崎久弥氏の諸著から孫引きしたものが多い。初版の発行と同時に、同氏からお怒りもな\く御/好意に|満ちた御教示をいただいた。林美一氏その他からの懇切な御叱正と併せて、幸いに再版に当り、*1\不充分な/がらつとめ|て誤りを正し、改めて先達諸氏への感謝に堪えず、同時に著者として初版本を破棄し\尽したいほどの/心境にあること|を付記します。


 また、その直前の3項め(6~7行め)に、

一、先覚江馬務氏に「日本妖怪変化史」*2という名著がある。氏の名声に恥じぬ労作であり特に上代から中世\まで/の例話|を、より多く求められる読者は、ぜひ同書を併せ備えられることをおすすめする。

とある『日本妖怪變化史』から取った図版もあるようだ。
 詳細は依拠文献ごとに確認して行くこととしたいが、今回注意して置きたいのは口絵の17頁(頁付なし)である。鉄瓶の掛かった自在鍵の向こうに描かれるのは、次のような人物である。

 旅人はまだ二十四五ぐらゐの若い男で、色の少し蒼ざめた、頬の瘦せて尖つた、し/かも圓い眼は愛嬌に富んでゐる優しげな人物であつた。頭には鍔の広い薄茶の中折帽/をかぶつて、詰襟ではあるが左のみ見苦くない縞の洋服を着て、短いズボンに脚絆草/鞋という身輕のいでたちで、肩には學校生徒のやうな茶色の雜囊をかけてゐた。見た/ところ、御料林を見分に來た縣廳のお役人か、惡くいえば地方行商の藥賣か、先づ/そんなところであらうと‥‥*3


 すなわち『近代異妖篇(綺堂讀物集乃三)』(大正十五年十月廿二日印刷・大正十五年十月廿五日發行・定價金貳圓・春陽堂・三四六頁)所収「木曾の旅人」の、旅人の風体の描写(一七六頁7~12行め)であるが、この絵では帽子は取って雑囊も下ろしており、6行め「生木のいぶる焚火*4」に向いて胡坐を掻いている。
 そして背後、囲炉裏から流れる煙の向うに、男よりも若干大きい女性の影が映る。――囲炉裏の火に照らされた若い男の影が背後の壁に映るのが、何故か男ではなく女性のように見える、と云う描き方のようである。
 落款は右上隅に「紫雲」とあり、これはネットで画像検索してヒットする近藤紫雲で間違いない。 「浮世絵・版画・美術書の専門店 山田書店美術部オンラインストア」の「近藤紫雲」項には、

<生没年不詳>
井川洗厓や、池田蕉園と同時代に活躍した日本画家。/主に挿絵の分野で活躍しました。

とある。昭和に入ってから「講談社の繪本」の何冊かを手掛けている。
 キャプションは下に横組みで⑤「木 曽 の 旅 人岡本綺堂作小説)」⑥「木曾の旅人 岡本綺堂作小説)」⑦「「木曾の旅人岡本綺堂作小説)」と題して、

殺された女の霊が犯人の背後についているのが、犬や子/供にだけ感じられ|\るという場面*5

と説明している。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 昨日、6月4日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(90)」に、この絵が「木曾の旅人」初出時の挿絵の可能性があるのではないか、との見当を示しました。近藤紫雲の活動時期から推して、初出とは関係しない可能性もあるのですが、とにかくこんな絵があることについて、私はなかなか近代の雑誌類を改める余裕がありませんので、先達諸氏には「木曾の旅人」の初出は「やまと新聞」と云うことで妥協(?)せずに、もう少し何とかしてもらいたいと思っているのです。阿部氏がどこからこの絵を引いたか、残念ながら分かりません。初出に絡まないとしても素性は知りたいし、初期の絵画化作品として再び紹介するだけの価値はあろうかと思うのです。(以下続稿)

*1:⑦のこの行の読点2つは半角。

*2:⑥⑦は署名は二重鍵括弧。

*3:ルビ「たびゝと・わか・をとこ・いろ・すこ・あを・ほゝ・や・とが/まる・め・あいけう・と・やさ・じんぶつ・あたま・つば・ひろ・うすちや・なかをればう/つめえり・さ・みぐるし・しま・やうふく・みじか・きやはんわら/ぢ・みがる・かた・がくかうせいと・ちやいろ・ざつのう・み/ごれうりん・けんぶん・き・けんちやう・やくにん・わる・ちはうぎやうしやう・くすりうり・ま」。

*4:ルビ「なまき・たきび」。

*5:⑥⑦には末尾に句点あり。