瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

保健室の思ひ出(1)

 中学の2年か3年のとき、クラス替えがなかったのでどちらか思い出せないのだが、反省文を書かされたことがある。
 掃除当番は教室の他に特別教室の担当もあって、それをどう回していたかももう覚えていないけれども、その日、私の属する男子ばかりの班は保健室の掃除当番に当たっていた。それで1階の、放送室や生徒会室などの並び、一番奥の保健室に行ってみると、既に他の班員たちがいて、しかし保健の先生がいなかったので少々ふざけていた。私は真面目だったので、掃除用具入れから箒を出して掃き始めたところで、現れた保健の先生にエラい剣幕で叱られたのである。
 何故叱られているのか、訳が分からなかったが、保健の先生の尋問に、先に行って中で遊んでいた連中が答えるのを聞いていると、どうやら――彼らが着いたとき、先生が不在の保健室は施錠されていた。その場合、職員室に(当時30くらいに見えた女性の保健の先生は和文タイプが打てるので、よく職員室で学校からの通知プリントの版下原稿を作成していた)呼びに行かないといけない。しかし、これまで掃除当番が来る放課後に不在だったことがなかったせいか、そういう発想のないまま廊下でぶらぶらしているうちに、ふと、廊下との仕切りの壁の下部が、通気用の引き戸になっていることに気が付いた、ちょっと小柄ですばしこい奴が、この通気窓を這って侵入し、中から鍵を開けた、と云うことだと知れた。
 それで班員全員が保健の先生の前に立たされて叱責された末、原稿用紙2枚に反省文を書いて提出するよう命じられたのである。
 確かに鍵の掛かっている部屋に侵入するような振舞が叱責に値することは間違いない。しかし、私はその “犯行” の現場には立ち会っていないので、反省しろと言われても誰がどうしたのかも知らないし、何とも書きようがない。そこで正直に、――鍵は最初から開いていたものだと思っていたので、別にそのことには疑問も持たず掃除を始めていたところで先生に怒られて、それで初めて事情を理解したのだ、と云ったようなことを書いたのである。
 そして全員が反省文を提出して、しばらく経ったころ、私は他の班員に「××、まる」と陰口を叩かれていることを知った。この件は担任その他にも報告されたので、反省文について評価したものを担任その他に報告したらしい。その紙に、班員の名前が並ぶ中で私のところだけ「○」になっていたと云うのである。――なんで見られるような置き方をしておくのだ、これで人間関係がこじれたらどうするんだ、とヒヤヒヤしたものだったが、1年のときと違って落ち着いたクラスだったので、その後別に何ともならなかった。
 その反省文は赤でコメントを書き入れたものが戻って来た。そのコメントは「世の中には知らなかったで済まされないことがあるのです」と云ったような内容だった。私は、反省文を書かされたことは、仕方がないと思ったものの、このコメントには納得出来なかった。知りもしないことについて謝れと言われても謝りようがない。全くおかしくなかったか、と云えば、掃除に立ち会っているはずの先生がいなかったことがまづ変で、そして先に行った連中が緊張感なく遊んでいたことを思い合わせれば、先に行った連中は先生の指示を受けていない、誰もいない保健室に入ったのだ、と云う推測も可能ではあったろう。
 しかしそれは後から遡って考えるからそう思えるので、普通は Sherlock Holmes明智小五郎金田一耕助でもない私らは、そんな疑いは持たず、少々の不審点も深く考えずに何となく合理化して、済ませている。――仮にある程度の推測が出来たとしても、まさか通気窓から忍び込んだとまでは思わない。……今になって見ると、――もしそんな可能性まで考えて、私は他の連中が保健室に入っていたことが悪事だと咄嗟に判定すべきで、それが出来なかった時点で連中と同罪だと先生が仰有るのであれば、先生こそ生徒が侵入する可能性まで想定して通気窓に何らかの対策を取って置くべきだったではないか、その責任はどうなりますか、と反問したいところなのだが、当時の私はもっと純朴だったので、そんな智恵は働かなかったのである。まぁそんなことは書かん方が良かったろう。
 もちろん、必要とされている手続きを怠ったら、例えば学者が、先行研究の点検を怠って、既に同じような研究が存在することを知らずに似たような論文を書いたら、知らなくても責任が生ずるだろう。何もしていないのに10万円もらったら、もらう謂れがないと断るべきだろう*1。そのような手続きの不備や当然の疑問の見過ごしでもないのに、叱責なんかされては堪らない、と思ったのである。
 しかしあの当座、保健の先生が差当り班員全員を同じ処分にしたのも、そしてあのようなコメントを書かざるを得なかったことも、今となって見れば分かるのだけれども。以来、私はなるべく疑われないように行動し、それだけでなく随分、言い訳がましくなってしまったのである。(以下続稿)

*1:当時知らずに受け取ったとして、その後それが置き引きされた鞄から盗まれた現金の一部だと分かったとき、口止め料であったことに思い当たるであろう。そして、受け取ってから時間が経っていることと仲間意識から、黙っていようと思うかも知れない。それこそ、時代劇などで逃げて来た人物を理由も聞かずに取敢ず匿ってしまうような案配で。