瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

吉行淳之介『贋食物誌』(4)

新潮文庫2470(1)
 八刷と十刷の比較。
 本体、目録はそれぞれ13頁で、12頁めまでは3段組の目録「新潮文庫 日本の作品」で八刷は小林秀雄から渡辺淳一まで、最後は新潮社編『俳諧歳時記』(冬春夏秋)、十刷は椎名麟三から和辻哲郎まで。13頁めは「新潮文庫最新刊」9点、十刷の8点めが「吉行淳之介 恐 怖 対 談」で下半分の紹介文には「対談の名手吉行淳之介が面白可笑しく語り合/ううちに恐怖が滲み出る。絶妙の対談集。 」最下部に「定価/280/円」横並び。
 その裏の奥付、異同はそれぞれの刷の発行日の1行のみ。
 次にカバーを比較して見る。なお、7月24日付(1)に示した書影によって分かるように、中公文庫版のカバー表紙も同じデザインであるので、カバーについては中公文庫版も序でに記述して置く。
 カバー表紙、新潮文庫版と中公文庫版の異同は、枠内の左下、新潮文庫版はやや太い明朝体横組みでやや小さく「本文イラスト101点=山藤章二」とあり、右下には明朝体で「新 潮 文 庫」とあったが、中公文庫版は左下に大きく「絵・山藤章二」、右下に「中公文庫」とある。枠内の地色が中公文庫は真っ白であるが新潮文庫版はやや黄ばんでいる。これは経年劣化による黄ばみで元は白かったのであろう。
 カバー裏表紙については7月24日付(1)にメモして置いた通り。
 カバー背表紙、新潮文庫版はカバー裏表紙と同じ地色で、上部に赤の明朝体で標題「贋 食 物 誌」、中央やや下に黒の明朝体で著者名、下部、八刷はやや小さくゴシック体で「新潮文庫〔草〕 一四三G 320」〔草〕は明朝体で横並び、定価も横並び。私の見た十刷は下部「新潮」の下を切除されて(分類票を貼付している)ので不明。中公文庫版は水色地で文字は全て黒、上部に明朝体で「贋食物誌」、中央より下に明朝体で著者名、下部にやや小さく「中公文庫」とあってこのレーベル名の上、上下が半円形(1.5×0.5cm)に白く抜いて黒のゴシック体で(よ 17 12)、最下部、レーベル名の下には四隅を丸く切った長方形に白く小さく抜いた中に黒で「800」。
 カバー表紙折返し、新潮文庫版は右側に少し(0.8cm)カバー表紙の黒枠が入り込む。残りは白地で、右下に明朝体縦組みで「カバー(雁+貝=贋) 山 藤 章 二」とある。中公文庫版も右側に少し(0.4cm)カバー表紙の黒枠が入り込む。残りは白地で、右上に吉行氏の顔写真(3.0×2.5cm)、その下右に小さく「著者紹介」1行分空けてやや大きく「吉行淳之介*1」その下に、

大正十三年(一九二四)、岡山市に生まれ、三歳のとき/東京に移る。麻布中学から旧制静岡高校に入学。昭和十/八年九月、岡山連隊に入営するが気管支喘息のため四日/で帰郷。二十年東大英文科に入学。大学時代より「新/思潮」「世代」等の同人となり小説を書く。大学を中退/してしばらく「モダン日本」の記者となる。二十九年に/「驟雨」で第三十一回芥川賞を受賞。四十五年には『暗/室』で第六回谷崎潤一郎賞を受賞する。主な作品は『砂/の上の植物群』『星と月は天の穴』『夕暮まで』など。短/編も「娼婦の部屋」「鳥獣虫魚」など多数。平成六年(一/九九四)七月死去。

とあるが、7月25日付(2)に引いた『新潮日本現代文学42』の「年譜」と照合するに、岡山連隊入営の件は昭和19年(1944)らしい。
 カバー裏表紙折返し、左にカバー裏表紙の地色が少し(0.9cm)入り込む。上部にゴシック体横組みで「~~~新潮文庫~~~/吉行淳之介の作品」とあって、少し空けて均等割付で八刷は「原色の街・驟雨/娼婦の部屋・不意の出来事/砂の上の植物群/技巧的生活/美少女/夜の噂/贋食物誌/湿った空乾いた空/怖ろしい場所」の9点、十刷は「恐怖対談」が追加されて10点。最下部左に明朝体横組みでごく小さく「カバー印刷 錦明印刷」。(以下続稿)

*1:ルビ「よしゆきじゅんのすけ」。