瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(109)

・『信州百物語』の成立(1)
 9月2日付(107)の続き。当初「・『信州百物語』の典拠(3)」と題するつもりだったが、既に知られている本書の執筆出版過程に、今回私が明らかにした典拠の問題を絡めて説明した方が良さそうなので、標記の見出しに改めて説明を組み立てることとした。
 諸本に関しては9月3日付(108)に纏めて置いた。
 さて、昭和9年(1934)の【初版】の表紙には「編會行刊誌土郷濃信」、扉に「信濃郷土誌刊行會編」、そして奥付の「編者」には「信濃郷土誌刊行會」とあり、戦後、昭和21年(1946)の【新版】には表紙と扉に「信濃郷土誌出版社編」、奥付の「編者」は「信濃郷土誌出版社/ 代表者 荻原正巳」となっている。そのため扉*1に「杉 村  顯著」、奥付の「著者」に「杉村顯」と明示されている『信州の口碑と傳説』が、国立国会図書館デジタルコレクションで「インターネット公開」になっていないのに対し、本書は著作権切れ扱いでインターネット公開になっている。
 しかしながら、著者が杉村顕(顕道)であることは、家族には知られていた。叢書東北の声11『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』に載る杉村氏の次女・杉村翠の談話「父・顕道を語る」にも、3節め「『信州百物語』の刊行」の半ば、441頁上段4~5行め「 この二冊には、今回の復刊も含めて、いろいろと/エピソードがあるんですよ。‥‥」としてまづ『信州の口碑と傳説』の復刻版について述べ、続いて15行め~下段17行め、

 もうひとつ、『信州百物語 信濃怪奇伝説集』の/エピソードは今回の復刊の編集過程でのことです。/この本には、著者の名前が入っていないんです。本/を見ただけでは、誰が書いたものかさっぱりわから/ない。これには事情があって、『信州の口碑と伝説』/が出たときすでに『信州百物語 信濃怪奇伝説集』【上】の刊行も決まっていた。ところが、刊行を前にして、/父が樺太(現・ロシア連邦サハリン州樺太庁豊原高/等女学校(豊原は現在のユジノサハリンスクに転任する/ことになって、編集作業など全般を長野の人たちに/まかせるしかなくなった。いろいろと迷惑をかける/ので、お金ももらわず名前も出さずに、いわばお世/話になったみなさんへの置きみやげとしたんです。
 ただ、私たちは生前の父から「これはおれが書い/たんだ」って遺されていましたし、事情も聞いてい/た。それから、『信州の口碑と伝説』巻末の近刊予/告に『信州百物語 信濃怪奇伝説集』が杉村顕の名/前で出ている。あと、樺太の出版社から出た父の三/冊目の本である『新・樺太風土記(若林書店)にも/父の著作として紹介されています。だから、家族は/どこにも著者の名前がなくても、父の本だと知って/いた。だけど、読者にはそんなことわかるわけあり/ません。ましてや七十五年も前の本ですものね。‥/‥


 ここまでが前半で「今回の復刊の編集過程」よりも前までの、遺族の認識である。
 『新・樺太風土記』は未見だが、『信州の口碑と傳説』の奥付と見開きになっている左側の頁を見るに、子持枠を縦線2本で3つに仕切り、右の枠に上部に「杉村  顕著(近 刊 豫 告)」と右側に添えて、「信 州 百 物 語」の標題を大きく、双郭に入れて示す。双郭の下に「四六判上製約三百/頁、フランス綴の/瀟洒版」とある。左の枠には上部に「發行所」とあって、下部に「信濃郷土誌刊行會」右やや上に小さく「長 野 市  信濃毎日新聞社内」と添える。中央の枠、上部に横組みで「▽介紹容内△」とあって(△は頂点がそれぞれ外側を指す)その下に縦組みで以下の紹介文。

本書は「信州の口碑と傳説」に次ぐ第二彈として著者が世に問ふもの、/前者に逸したる幾多の怪奇的傳説、鬼氣身に迫る妖怪譚、更に嘗て世/人を震駭せしめし犯罪實話の數々を織り込んで收むる所三十數篇、い/づれも興趣盡くるなき好個の題材であり、これに配するに著者獨自の/流麗伸達の行筆は、讀者をして一讀肌に粟を生ぜしめるに違ない。本/書こそ正に信州に於ける傳説秘話の壓卷であらう。切に大方の御高覽/を冀ふ。


 「父・顕道を語る」は少々正確ではなく、近刊予告の書名は「信州百物語」のみで副題はない*2。それはともかく、8月22日付「杉村顯『信州の口碑と傳説』(1)」に見たように復刻版の凡例に拠れば『信州の口碑と傳説』はB6判で、これは四六判とほぼ同じ大きさだから良いとしても、1頁13行・1行37字と最もゆったり組まれている(らしい)【初版】でも本文127頁で、よりゆったりと組まれている『信州の口碑と傳説』並に1頁12行・1行32字で組んだとしても、150頁か、どんなに頑張って(?)も200頁には達しそうにないことである。かつ「内容紹介」には「三十数編」とあるが実際には54話、予告通りなら1話当り8~9頁程度ないと「約三百頁」にならない。この条件を満たしそうな話は、
【1】女夫石の話    (【初版】一~九頁7行め)
【19】蓮華温泉の怪話  (【初版】四五~五四頁6行め)
の2話くらいで、やや短いが、
【41】お菊大明神の話  (【初版】九三頁7行め~九八頁5行め)
を含めて漸く3話である。
 これらは確かに「怪奇的伝説」或いは「鬼気身に迫る妖怪譚」と云うべき話だが、9月1日付(106)8月18日付(105)9月2日付(107)の順に示した細目を眺めても分かるように、神仏の奇瑞譚など不思議ではあるが「怪奇的」とまでは云えない話、そして全く「怪奇的」でないような話が殆ど、内容的には『信州の口碑と傳説』そのままの「第二弾」なのである。「犯罪実話」と云うべき話は【19】蓮華温泉の怪話くらいで、実際の内容と「近刊予告」との齟齬が甚だしいと云わざるを得ないのである。(以下続稿)

*1:私は復刻版(郷土出版社)しか見ていないので、原本の表紙にはどのように表示されていたか、未だ確かめていない。

*2:9月12日追記】この談話の段階では初版『怪奇傳説 信州百物語』を見ていなかったため、自分の所持する第四版の標題を述べてしまったのであろう。