瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

須川池(3)

・藤澤衞彦編著、日本傳説叢書『信濃の卷』
 大正6年(1917)7月に刊行された本書については、9月1日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(106)」に紹介した。昨日取り上げた高木敏雄『日本傳説集』の4年後で、当然参照しているのだろうと思うのだが、10月12日付(1)に触れた通り、典拠を(口碑)としていて『日本傳説集』を挙げていない。
 326頁10行め「須川の池 (小縣郡城下村大字小牧)*1」と題して、11行め~327頁9行め、

 上田町の南一里ばかり、小牧山の 頂 に、どんな旱にも乾いた事のないといふ須川池があ*2【326】る。周圍二十丁あまり、池の主は鏡の化身の龍であるといふことである*3
 昔、神川村に、昔の國分寺のあつた時分、此寺の釣鐘を盗み出して、此小牧山のあたりに/來かかつた盗賊があつた。だいぶ疲れたので、釣鐘を小牧山まで運ぶと、まづ、そこで一休/みしてゐた。すると、不思議にも、今持つて來た釣鐘が、自然に鳴り出したのである。*4
  國分寺戀しや、ぼゝゝぼうんゥ。*5
 盗賊が、驚いて見てゐるうちに、釣鐘は、忽ち動き出して、勝手に、須川の池の中に落ち/込んでしまふ。で、偶、此池に墜ち込む者で、『國分寺へ行くんだ、助けてくれ。』といふと、/今でも落ち込んだ儘の國分寺の鐘は、きつと溺れ死なうとしてゐる人を助けてくれるといふ/ことである。(口碑)*6

とある。『日本傳説集』と非常に似たところもあるが、異同も多い。特に注意されるのは、『日本傳説集』では「鐘が蛇身に変じた」或いは「蛇ではなく、大鯉に化っている」と云うことになっていたのが、本書では「池の主は鏡の化身の龍である」となっている。附訓活字の「鏡」は「鐘」の誤植ではないか、と思われるのだが「今でも落ち込んだ侭の国分寺の鐘」ともあって、鐘が龍になったかどうか、はっきりしない。
 ともかく10月12日付(1)に見た「上田市」Webサイトの「須川公園」にあるような、鐘の音に魅せられて盗んだ、と云うことにはなっていない。しかし「自分の家にほど近い寺にこの鐘をおいて朝な夕なに鐘の音を聞きたいと思っ」た、と云うのだが、そもそも1人でどうやって運んだのであろう。近所の寺も国分寺の銘の入った鐘を平気で釣り下げるものだろうか。
 本書や『日本傳説集』は盗んだ理由を説明しない。当然、鋳潰して売り払うつもりだったのだろう。しかし、「自分の家」の方角なのか、川(千曲川)を越したのはともかく、わざわざ山(小牧山)を越そうとしたのは何故なのだろう。人目に付きにくい経路なのだろうか。菰を掛けて舟で千曲川を下った方が簡単で確実だと思うのだけれども。でもそうしなければ国分寺の鐘が須川池に沈むことにならない。
 しかし「須川」はいつ「須川」に出世、いや昇格したのだろう。(以下続稿)

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 先刻、TVのニュースを見ていたら、県営住宅の自治会長だったかが胸まで水に浸かりながら避難を呼び掛けた、と言うのだが、やることが違うだろう、と思わざるを得ない。その4階か5階建の県営住宅では1階の住人が、家財が皆水に浸かって途方に暮れていた。鉄筋で流される不安はないのだから、やるべきだったのは避難ではなく1階の住人の家財を、上層階の住人たちが手分けして自分の家か、階段の踊り場など、とにかく水に浸からないような処置をしてやるべきだったのである。場所にも拠るが、2018年7月6日付「高濱虚子「杏の落ちる音」(1)」に触れた「杏の落ちる音」に、当時の東京市が大水に浸かったとき、簞笥や火鉢を2階に上げる場面がある。2階に家財を持ち上げて水が引くのを2階で待つのである。水流が直接ぶつかるような場所でなければ、避難するのではなく2階に家財を持ち上げて、仮に簞笥を持ち上げるのが無理としても中身は持って上がれるだろう。2階まで水が来たらそれはもう仕方がない。とにかく出来る限り上層階に物を持って待機する。1階がただ水に浸かっているだけで食料や水が確保出来ているなら強いて避難する必要はない。いや「杏の落ちる音」を読む以前に、2015年9月14日付「断片と偏り」に指摘していた。しかし私の僻見ではない。明治の人間がやっていたことなのである。

*1:ルビ「す かは・いけ」。なお須川池(須川湖)の所在地は上田市大字諏訪形字須川で「大字小牧」は誤り。

*2:ルビ(一部附訓活字)は「うへ だ まち・みなみ・り・ こ まきやま・いたゞき・ひでり・かわ・こと・すかはのいけ」。

*3:ルビ「まはり・ちやう・いけ・ぬし・かゞみ・け しん・りう」。

*4:ルビ「むかし・かんがはむら・むかし・こくぶ じ・ じ ぶん・このてら・つりがね・ぬす・で・この こ まきやま/き・たうぞく・つか・つりがね・ こ まきやま・はこ・やす/ふ  し ぎ・いま も ・ き ・つりがね・ひとりで・な ・だ 」。

*5:ルビ「こくぶ  じ こひ」。

*6:ルビ「たうぞく・おどろ・ み ・つりがね・たちま・うご・だ ・ す かは・いけ・なか・ お / こ ・たま/\・このいけ・お ・ こ ・もの・こくぶ  じ ・ ゆ ・たす/いま・ お ・ こ ・まゝ・こくぶ  じ ・かね・おぼ・ し ・ひと・たす/」。二重鉤括弧は半角。