瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

芥川龍之介旧居跡(10)

・Lyle Hiroshi Saxon の1990年8月7日(1)
 それでは前回貼付した、芥川龍之介旧居跡を撮影した Lyle Hiroshi Saxon の動画を見て行くことにするが、私は当該箇所だけを見ると云うことに不安を覚えるタチなので、頭から一通り確認して置くこととする。
 平成2年(1990)8月7日(火)、晴れ。――00:02:40までひばりヶ丘駅に近い線路脇の道路、ひばりヶ丘駅の改札、ホームなどが写る。短い西武線の車内は短く、続いて池袋駅での乗り換え、そして山手線で00:03:05には田端駅に到着している。00:03:19、田端駅南口を出て、不動坂ではなく線路沿いを南東に進み、崖上から崖下を走る山手線・京浜東北線を見下ろし、そして00:07:08「国鉄東台アパート」の案内板を撮す。谷謙二(埼玉大学教育学部人文地理学研究室)の「時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」」と対照するに、これが11月1日付(01)に、吉野朔実の小中学生当時の住所の候補として挙げた東京都北区田端1丁目27(現在のライオンズヒルズ田端不動坂)にあった6棟の鉄筋コンクリートの4階建てアパートであることが分かる。さらに00:07:42、やはり候補である「田端アパート案内図●北区田端町1丁目28番・29番」の案内板が撮される。これも鉄筋コンクリートの4階建てアパートであったようだ。00:08:50に写る煙突は道灌山坂を下ったところにある千歳湯(東京都荒川区西日暮里4丁目8-4)であろう。00:09:22~、木造の古アパートの内部まで(下駄箱の中まで!)撮影しているのは外国人ならではの思い切りの良さと云うべきか。クーラーもなく窓は開け放たれ、勝手口では猫が平たくなって寝ている。
 与楽寺の南に出て、通用門から庫裡の唐破風を覗き込み、00:12:32、グリーンヒルズ田端(田端1丁目30)の前を過ぎて路地に入っている。また与楽寺の方に戻って、00:13:18、現存する「〈田 端/一丁目〉30-4」の住居表示板が写る。00:13:25、幼児たちが浅いプールで遊ぶ様子が写るが、これは旧園舎のみが現存する、与楽寺が運営していた田端幼稚園である。与楽寺門前をぐるっと回りながら撮したり、老婆が店番する駄菓子屋を撮したりして、00:14:08、与楽寺の中に入って行く。現存する園舎の向かいに、木造平屋の園舎があったことが分かる。本堂の方に進むと、数人の僧侶が勤行の最中であった。Saxon 氏は与楽寺の撮影に4分を費やしている。
 住宅街を歩いて、電動鋸を響かせて材木の寸法を整えている角の新築(もしくは改築)住宅(もしくは店舗)のところで田端切通しから下って来た、都道458号線に出て、しばらく商店街を冷やかしている。江戸時代の武蔵国豊島郡田端村以来、田端の中心地はこの辺りであった。――商品の溢れる玩具店に続いて、00:21:27、「SENZO & YOSHIE AMANO/RAN A SHOP HERE FORSIXTY YEARS... MAYICCS LAST HALF AS LONG」とも銘板が写る。洋品店の前で立ち止まる、腰の曲がった日傘を差した小さなお婆さん。バイクショップ、八百屋(八百八商店)、靴屋。続いて本屋と洋菓子屋らしき店が写るが短時間かつカメラが移動し続けるので断定出来ない。この辺り(田端1丁目15)の店舗はすっかり変わってしまった。田端1丁目15と16の間の通りを撮して、角の田端1丁目16-5、1階「そばや福寿庵」2階「フジハシ歯科」の看板ははっきり写らないのだけれども、建物(コーポAT)と看板が(もちろん店舗も)現存しているで部分的に写っても同定可能、ようやく土地勘のない私でもはっきり位置がつかめる。
 切通しに近くなってきたところで東へ、田端1丁目16と19の間の通りに入ったようだ。電柱に「石山バンド(株)」や「三里堂鍼灸院」の広告があるがこれらも現存しないようだ。続いて00:23:05、集合住宅の2階通路、3階通路、さらには洗濯物が干してある屋上に上がって周囲を眺めているが、台地の上に何度か、00:23:14、16、26、00:25:36に、パシフィックパレス田端(田端1丁目20-28)が写る。
 これも別の動画のコメント欄に、ビルの屋上から撮影していることが多いことについて、現在は立ち入れないことが多いのに当時は入れたのか、との書込みに対して Saxon 氏は、自分の現在位置を確認するために高いところから俯瞰することにしていた、と答えていたと記憶する。
 00:26:07、三里堂鍼灸院を見て、また元来た道を戻っているが、どうやら田端1丁目19の袋小路になった辺りに三里堂鍼灸院はあったらしく、戻る道の左手(東側)に、最前、屋上まで上がった3階建て集合住宅が見える。
 00:26:27、「北 区 田端一丁目17」の街区表示板がしっかり撮される。田端1丁目17-7の角で、建て替えられたためにこの街区表示板も現存しない。そのまま東へ、撮影している自分の影の差す田端1丁目19と17の間の通りを少し進み、次の丁字路を北へ、田端1丁目19と18の間の通りを、台地の上へと歩み始めるのであった。(以下続稿)