瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

芥川龍之介旧居跡(15)

・群像 日本の作家 11『芥川龍之介』(2)
 昨日の続きで、槌田満文文学紀行/芥川の東京・湘南を歩く」について、ゴシック体の見出しを列挙して置こう。見出しのある行の前は1行空け。
 190頁上段1行め「龍之介ゆかりの地」、190頁下段3行め「田端の旧居跡」、2段組で1段22行、1行24行だが、190頁は前回見たように、右に写真(と重なる題)が入るので本文は左側の10行分。191頁下段6行め「震災と東京人」、192頁上段13行め「下町作家のコース」、192頁下段9行め「出生の地・築地」、193頁下段15行め「生育の地・本所」、195頁下段3行め「横須賀の二重生活」、196頁下段1行め「多事・多病・多憂の鵠沼」最初の1行分空白、197頁下段21行め「見納めの本所両国」、本文は198頁下段18行めまでで、最後に縦線を引いて1字下げで小さく「つちだ みつふみ 一九二六~ 東京生まれ。‥‥」の筆者紹介が4行。
 2節めの前半をまづ見て置こう。191頁上段1行めまで。

 田端の旧居跡  田端駅北口の前を本郷へ向かう大/通りには、陸橋が二つ架かっている。二つめの童橋*1の/たもとを左に入ると、空地の先の■崎家から■田家ま/でが、東京府下豊島郡滝野川町字田端四三五(現・北区田端一丁目二〇ノ七)の旧居跡に当たる。
 もう一つのコースは田端駅南口からで、不動坂の石/段を上ってまっすぐ行き、田端一丁目一八と二〇の境【190】を右に入った突き当たりが旧居跡になる。


 住所は「東京府下・豊島郡」と切れるのであろうが「豊島郡」は「北豊島郡」が正しい。大通り(東京都道458号白山小台線)を田端駅北口から本郷へ向かうとすぐに田端の切通しに掛かる。陸橋は1つめが東台橋で、11月4日付(04)に見たように、吉野朔実が田端中学校に通学するのに渡った橋、そして11月1日付(01)に見たように童橋が、吉野朔実滝野川第一小学校(現・田端小学校)に通学するのに、芥川龍之介旧居跡を経て毎日渡った橋なのである。
 なお、旧居跡に建っていた3軒の家のうち、2家の苗字が示されているが、吉野氏が(意図してかどうかはともかくも)伏せていたのに従って、私も以後、伏せて進めることとする。(以下続稿)

*1:ルビ「わらべばし」。