瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

飯盒池(6)

松谷みよ子『現代民話考Ⅱ 軍隊』(2)
 昨日の続き。
 それでは、これら備品をなくして自殺した兵士の幽霊が、失くしたものの名を呼ぶと云う怪異談で、どうして彼らが自殺にまで追い詰められてしまったのか、その説明をした辺りの記述を抜いて置きましょう。

〔1〕当時の軍隊では軍服のボタン一つでも “天皇陛下のもの” という軍律があったため飯|ごうを失く/してしまっては後でどのような厳罰を受けるかわからなかった。*1
〔2〕㮶杖は小銃についていて銃身を掃除する兵器|ですから菊の御紋が/ついている。それを失くした。天皇陛下から頂いた物を失くしたと言うんで、*2
〔4〕兵器は畏くも天皇から授か|ったもの、命より大事だ、と教え/られたばかりの兵士は、絶体絶命、*3
〔5〕上官に叱られるのを恐/れて、*4
〔6〕銃は命より大切な兵器でありそ/のま|までは営倉(軍隊の刑務所)へ入れられると心にあった歩哨は‥‥*5
〔8〕銃には菊の紋章がついていて天/皇から給わるものとされていた。ひどい処罰を恐れた兵士は‥‥*6


 既に見たように〔3〕は「そのため」とだけで理由の説明はなく〔9〕も同様です。〔7〕〔4〕〔6〕〔8〕と同じパターンで、晩、歩哨(守衛の任・衛兵勤務)中に眠ってしまったのを巡回にやって来た週番士官(営兵司令・将校)が懲らしめのために持ち去ったことになっています。違いは〔4〕〔6〕〔8〕では、銃もしくは㮶杖の紛失に気付いた兵士が、失くした理由の詮索よりも、とにかく処罰を恐れて自殺したことになっているのだけれども、〔7〕は「あわててその辺りを探すうちに、事情を悟り自殺。*7」と云う流れで、だから「銃を返せ、銃を返せ」と訴える訳です。「銃かえしてくれ」と訴える〔8〕の幽霊もその辺りの事情を察していそうですが、「銃くれ」と言う〔6〕は、死んでもとにかく処罰を恐れる気持ちに圧倒され続けているようです。
 私はこのパターンの話を、2つ知っていました。1つは昭和59年(1984)放映の大河ドラマ山河燃ゆ」です。大まかな話の流れを何となく覚えている程度で、細部は殆ど記憶にないのですが、1点だけ、西田敏行演ずる、主人公天羽賢治(九代目松本幸四郎)の弟の戦友の矢崎滋が、訓練中に薬莢を紛失して夜中1人残されて探し回る場面に、紛失した薬莢を見付けられずに自殺した兵士の幽霊が絡んでいたように記憶するのです。今 Wikipedia山河燃ゆ」項を見るに、6月10日放映の第23回「虹の彼方に」で、簡単な粗筋も載っていますが、私は矢崎滋が薬莢を必死に探し回る場面しか覚えていないのです。

 当時は考えもしなかったけれども、原作である山崎豊子『二つの祖国』で確認して見たいと思います。
 薬莢に関しては1月17日付「森川直司『裏町の唄』(17)」に取り上げた、森川氏のエッセイ「裾野の小鳥」(「投稿 風便り」op.31)及び著書『昭和下町人情風景』に、旧制中学での軍事教練について書いていますが、処罰があるくらいで自殺するまで追い詰められてはおらず、怪異談とも結び付いていません。怪談と無関係の薬莢紛失体験談は、探せば他に幾つか拾えそうなのですが、現在の状況下では雑誌や本を見に行くことが(と云うか、行けても閲覧)出来ません。
 それはともかく、このパターンの話に登場する兵士たちが自殺した理由は、紛失してしまったものが、畏くも天皇陛下から下賜された兵器・備品だから、なのです。
 丸山政也・一銀海生『長野の怖い話 亡霊たちは善光寺に現るが処罰への恐れに加えて「自分だけもう白米は食べられないのかと悲観した」とか「はらへったー」などと付け加えているのは、当時の兵士の精神状態を、現代の感覚で矮小化している、と言わざるを得ないでしょう。

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 本当に金と利権が大事なんだな。オリンピックを延期に持ち込むことに注力していて、日本では国民の衛生意識の高さ(マスク・手洗い)で抑え込めている振りを続けていた。こういう場合、表立っては建前を述べても、裏では計画通りに行かなかった場合に備えて置くものだ。ところが、検査態勢の充実とか、病床の増設とか、その他諸々の対策を、この2ヶ月、いや、ここ1ヶ月でも良い。殆ど何も進めていなかったらしい。
 JOC 会長が、延期を訴えたJOC 理事を批判した、と云う「事件」が日本の体質を象徴していよう。どちらが、より正しいか(私は中止が正しいと思っているのでどちらにも与しないが)は、火を見るより明らかだった。――一部には賠償問題が生ずるから会長は自由に発言出来なかった、と云う意見がある。万事「やってます感」の世の中になってしまったようだ。実は分かっていたとか、そんな程度の後出しは要らない。後出しするなら、実は裏でしっかりぽしゃったときの準備もしていた、と云う後出しをして欲しい。
 一昨日、延期が決まったが、政府は延期に持ち込むことに全精力を注いで、コロナウィルス対策は殆どお留守だったらしい。件の JOC 理事と同じで、足並みを乱す行動を抑圧するのである。本当に同調圧力が酷い。そして、その後のドタバタ感がこれまた酷い。本当に何もやっていなかったんだと思う。China で流行ってから、Korea で流行ってから、そして Europe や America で流行ってから、少なからぬ余裕があったにもかかわらず、その対策に学ぶところがあったにもかかわらず、オリンピックに目が眩んで対策が後手後手に回っている。China や Korea に学んだ気配がない。例えば、武漢を封鎖している間、どうやって市民に生活必需品を回していたか、知りたいのに、どこもそれを教えてくれない*8。しかし、お得意の「やってます感」で先手先手と言うと、それで何とかなっているような気にさせられてしまう日本人の、何と多いことか。そして気付いたときにはもう手遅れ、と云う流れになりそうだ。
 TVのニュース番組では、オリンピック延期決定について「全世界が注目する」と報じていた。Europe も America もそれどころではないだろう。そして延期が決定してからは代表未定競技の選考をどうするか、とか、代表内定者の扱いをどうするか、とか、ホストタウンなど、準備して来た人々が残念がっているとか、そんな話題を垂れ流している。同情はするが、何と呑気なのだ。今はもう、そこじゃないだろう。ところが旅行券とか和牛商品券とか、支持母体に幾ら利益を回すか、と云う議論に血道を上げている。これでよく悪夢のような民主党政権などと云えたものだ。
 これから東京でコロナウィルスに罹患して死ぬ人は、オリンピックに殺されるのである。オリンピックをやりたがっている人たちに殺されるのである。命よりも金や利権が大事らしい。それこそ、現代の姥捨山として活用しようと思っているのか、とさえ疑われる。そういう人たちがコロナウィルスに罹患するなら自業自得だが、しかしコロナウィルスはそこを選別してくれない。そして同じようにコロナウィルスに罹患したとして、助かるのはそういう人たちなのである。
 一刻も早く、東京オリンピックは返上して、そのための予算や人的・物的資源をコロナウィルス対策に向けて欲しい。延期でずるずる先延ばしされているうちに、本当に地獄を見ることになりそうだ。(3月26日朝)
3月27日追記】昨年11月30日に、次のDVDを借りて見たところだった(12月26日返却)。
・『NHKスペシャル デジタルリマスター版 映像の世紀 第5集 世界は地獄を見た 無差別爆撃、ホロコースト、そして 原爆』NSDR-21238

 もちろん、平成7年(1995)7月15日の初回放映時にも見ている。
NHKスペシャル 映像の世紀 第5集 世界は地獄を見た [DVD]

NHKスペシャル 映像の世紀 第5集 世界は地獄を見た [DVD]

  • アーティスト:加古隆
  • 発売日: 2000/12/21
  • メディア: DVD
NHKスペシャル 映像の世紀 第5集 世界は地獄を見た [DVD]

NHKスペシャル 映像の世紀 第5集 世界は地獄を見た [DVD]

  • アーティスト:加古隆
  • 発売日: 2005/11/25
  • メディア: DVD

*1:単行本341頁10~11行め・文庫版384頁10~11行め。

*2:単行本342頁6~7行め、文庫版385頁7~9行め。

*3:単行本343頁7~8行め、文庫版386頁9~10行め。

*4:単行本343頁13~14行め、文庫版386頁17行め。

*5:単行本344頁6~7行め、文庫版387頁11~12行め。

*6:単行本345頁1~2行め。

*7:単行本344頁12~13行め。

*8:先月職場で私がそんな話題を振ったとき、同僚たちの反応は「そうですねぇ」と云った程度だった。情報操作で呑気に飼い慣らされていたと云わざるを得ない。