瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(225)

・北川幸比古の学年(4)
 昨日の続き。
 Wikipedia「北川幸比古」項の、北川氏が「谷川俊太郎とは高校の同級生で」の根拠となったのは、「図書新聞」No.3033(2011年10月08日)掲載の内堀弘の連載「古書肆の眼」の「的場書房のこと――たった二年間の活動ながら、戦後詩歌出版の出発点の一角を担った」ですが、それ以上の情報はありません。
 この文章は、或いは、この本に収録されているかも知れません。

古本の時間

古本の時間

  • 作者:内堀弘
  • 発売日: 2013/09/03
  • メディア: 単行本
 さて、書き出しは、

某月某日。私は小さな出版社が好きで(特にいつのまにか消えてしまったようなのが)、そんなことお客さんに話したら、詩集『桜色の歌』(2004年)をいただいた。著者の北川幸比古は、昭和三十年代に的場書房という小さな(たった一人の)出版社をやっていたことがある。

となっていて、以下、専ら的場書房の刊行した寺山修司(1935.12.10~1983.5.4)の詩集や歌集を巡る回想になっています。

空には本 (1958年)

空には本 (1958年)

 私は寺山氏の著作に親しむ機を逸したので、その辺りには余り興味が湧かないのですが、

 詩集『桜色の歌』には北川の略年譜が載っていて、これを見ると的場書房の活動は昭和三十年代のたった二年間だけだ。その後は児童文学者として着実な地歩を築いている。いや、児童文学者が若い頃に少しだけ出版社をやっていたのだ。

との記述が注目されます。この略年譜を参照すれば、在学期間なども明らかに出来ることでしょう。
 しかしながら『桜色の歌』は国立国会図書館サーチや日本の古本屋で検索してもヒットしません。日本近代文学館神奈川近代文学館にも所蔵がありません。それこそ、北川氏と個人的に関係があった人に直接お願いするしか、閲覧の方法がなさそうです。
 そんな訳で、北川幸比古『桜色の歌』で検索しても全くと云って良いくらいヒットしないのですが、そんな中で「公共空間X」に2018年1月19日に公開された、寺山修司に師事した詩人・童話作家森忠明(1948.5.11生)の「さようならサッちゃん」が、内堀氏以上に重要な内容を含んでいました。

 生活力はともかく生命力は弱くねえぞ、と威張りたいものの、2/005年、ことしの私は気弱かった。原因は、尊敬していた哲学/【上】者・串田孫一氏と傑作童謡『サッちゃん』の作詞者・阪田寛夫氏が/亡くなったことにある。四十年近く理想と崇めてきた人物の死は残/念でならない。

と、まづ阪田寛夫(1925.10.18~2005.3.22)について回想し、それから、

 もう一人のサッちゃん、詩人の北川幸比/古*1氏が七十四歳で永眠されたのは昨年のク/リスマス。氏は十八歳の時、級友の谷川俊/太郎氏と詩誌を主宰。編集者としては寺山/修司の第一歌集『空には本』や稲垣足穂氏/の豪華版『ヰタ・マキニカリス』など、多くの名作を世に広め、出/版社主としては『森忠明ハイティーン詩集』を作って下さった。中/央図書館の斉藤誠一氏に拙詩集が選定されると、北川氏は病身を押/して阿佐谷から納品に来られた。不慕栄利に徹した御生涯だったと/思う。
 絶筆の詩「桜色の歌」には〈生活の為の貧乏暮らしを恥申さず〉/という一行がある。

と北川氏について述べて締め括っています。

 この文章の後に「この記事は「タチカワ誰故草」(『えくてびあん』平成15年8月号より平成18年7月号まで連載)から著者の許諾を得て掲載するものです。」と添えてあるのですが、森氏が立川市出身(在住?)であるところからして、この「中央図書館」は立川市立中央図書館でしょう。
 『タチカワ誰故草』は1冊に纏められています。しかしながら、23区内の図書館では国立国会図書館と東京都立中央図書館、それから多摩地区の図書館に若干所蔵されている程度で、立川市の図書館なら多数所蔵されていて開架で閲覧出来ますが、明日から全てのサービスを休止した臨時休館を発表していて、原本を手にする機会はしばらく得られそうにありません。
タチカワ誰故草

タチカワ誰故草

  • 作者:森 忠明
  • 発売日: 2007/06/01
  • メディア: 単行本
 ただ、幸いなことに掲載誌の、「立川と語ろう 立川に生きよう」と云うコンセプトのタウン誌「えくてびあん」は昭和59年(1984)8月創刊で現在も刊行中、版元の「えくてびあん編集工房」改め「えくてびあん」が運営するサイト「立川を楽しもう 多摩てばこネット」にて、創刊号から PDF で閲覧することが出来るのです。そこで「二〇〇五年、ことしの」をヒントに串田孫一(1915.11.12~2005.7.8)歿後の号を見て行くと「えくてびあん」12月号(第24巻 通巻253号・平成17年12月1日発行・えくてびあん編集工房・7頁)の7頁に「タチカワ誰故草㉙」*2として「さようならサッちゃん」が出ておりました。上記引用(上段24行め~下段3行め、13~24行め)はこの初出に従って改め、改行位置を示しました。
 さて、立川市図書館の OPAC で検索すると、文中の『森忠明ハイティーン詩集』は平成14年(2002)2月に「書肆楽々」から刊行されています。内堀氏は触れていませんが、北川氏は晩年、平成13年(2001)から平成16年(2004)に掛けて「書肆楽々」の「出版社主」として活動していたようです。さらに注目すべきは「七十四歳で永眠されたのは昨年のクリスマス」との記述です。図書館 OPACAmazon の検索結果から、北川氏の活発な著述活動が平成16年(2004)で途切れていることは分かっていましたが、Wikipedia「北川幸比古」項でも生年月日しか入っておらず、生存者扱いになっています。しかしながらこの森氏の記述によって、北川氏が平成16年(2004)12月25日に74歳で歿したことが明らかとなりました。(以下続稿)

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 全世帯に布マスク2枚配布って‥‥。消費税を一時的に全廃した方が簡単だろう。無駄遣いも良いところだ。
 こんな国に来年オリンピックが出来るのかね?

*1:ルビ「きたがわさちひ/こ」。

*2:ルビ「たれゆえぐさ」。