瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

周防正行『シコふんじゃった。』(8)

 ジャン・コクトーの引用は、冒頭だけではない。
 穴山教授の実家に夏合宿に出掛け、小説*1では教授の実家の青森まで高速道路を延々運転させられることになっていたと思うのだが、こちらはローカル線(2輛の単線)を乗り継いでいる。
 そんなに高くない丘陵地と田が広がる田園地帯で、農業を続けながら独り暮らしをしているらしい教授の母・穴山ゆき(桜むつ子)や、名誉マネージャー川村夏子(清水美砂)やマネージャー(主務)間宮正子(梅本律子)の世話になりながら、教授の作戦で練習もせずに食っちゃ寝の日々を送っているのだが、そんなある日、地元の小中学生の腕白相撲と練習試合をすることになる*2
 そこでまづ、練習に初参加したときに日本人部員たちを圧倒して、00:38:29~40「体力のある者が、必ず勝つ。単純過ぎて、面白くないです。私、No.1。練習に、なりません」などと嘯いていた英国ロンドンからの留学生 George Smiley(ロバート・ホフマン)が、一番手に腕白相撲と対戦して、あっさり負けてしまう。そのとき、穴山教授はここぞとばかりにジャン・コクトーを引用するのである。
 少し前から抜いて置こう。00:56:50~57:50、

廻し姿の低学年の男児「宜しくお願いしまーす」と言って一礼
腕白相撲一同:「うーす」と言いながら礼
穴山:「スマイリーから行って見るか」
審判:「待ったなし。構えて。はっきよぉい、残った。残った残った、残った、残った残った、残ったぁ、勝負あり」
教立大学相撲部員一同:「あぁあ」口を開けて驚く
腕白相撲一同:拍手
スマイリー:砂塗れで土俵に横たわったまま「What? Magic?」
穴山:「マジックじゃない。君は土俵際で押し返そうとして、足に力を入れたとき、左脚を浮かせて前へ出ようとした。そのときその子は、君の左脚を右手で払いながら同時に、左から捻ったんだ」スローで技のリプレイを映す「坊主、技の名前を教えてやれ」
中学生か小学校高学年くらいの対戦相手:内無双だよ」
穴山:「相撲は必ずしも体力のある方が勝つとは限らない。そういうことだ、スマイリー。ジャン・コクトーは言っている。「相撲の立合いは、バランスの奇蹟だ」良いか、相撲は如何にして相手のバランスを崩すか、これが大事なんだ」


 そして、平成3年(1991)9月29日(日)の「第40回記念・学生相撲リーグ戦東日本大会」2日め*3、二部リーグ最下位の大東亜大学との入れ替え戦の最後、大将戦(01:34:33~35:55)、山本秋平(本木雅弘)の取り組みの最中に、穴山教授の声で、ジャン・コクトーの朗読が再度挿入される。01:35:05~39、

 力士たちは、桃色の若い巨人で、スィクスティーン礼拝堂の天井画から抜け出して来た、類稀な人種のように思える。
 不動の平衡が出来上がる。やがて足が絡み、やがて帯と肉との間に指が潜り*4、廻しの下がりが逆立ち、筋肉が膨れ上がり、足が土俵に根を下ろし、血が皮膚に上り、土俵一面を薄桃色に染め出す。


 映画ではここで勝ってしまうのだが、小説では負けている。
 その後、他の部員がいなくなってしまうのは小説も同じだったと思うが、映画では山本春雄(宝井誠明)は、間宮正子の父の赴任先であるロンドンに、間宮正子とともに留学することになっているが、小説では00:40:48~51の青木富夫(竹中直人)の台詞にあるような「相撲取りみたいなマネージャーと、‥‥」とはハッピーエンドにならなかったように記憶している。しかし三部リーグで優勝してしまう展開が既にファンタジーであったのだが、それでもギリギリの線でリアリティを保持していたのに入れ替え戦に間宮正子が出場する辺りは完全にファンタジーである。いくら何でもあんな巨体の女子マネージャーが消えて、そっくりの選手が出て来たらおかしいと思うだろうと思うのだけれども、審判(片岡五郎)や役員たちの発想を超越していたため、彼らは全く思い至らなかったと云うことになるのだろうか*5(対戦した大東亜大学とは初顔合わせ)。
 それはともかく、山本秋平は1人残されて、相撲部を守るためにコネ就職の一流企業を蹴って留年するのだが、小説では入れ替え戦で負けたのが悔しくて、再挑戦すべく留年するのである。どちらが良いか分からないが、映画の方が、人物が大きくなったような感じがする。(以下続稿)
5月19日追記

 堀口大學訳のジャン・コクトー旅行記の書影が貼付出来ることに気付いたので、補って置く。

*1:2014年12月28日付(3)に述べたように、詳細に比較するつもりだったのだけれども、今はうろ覚えで済ませて置く。

*2:この土俵のある神社は、Wikipedia に貼付されている産経新聞の記事(アーカイヴ)等に拠ると栃木県小山市大字間々田の間々田八幡宮。今は屋根が出来ている。但し最寄駅はJR東北本線の間々田駅で単線のローカル線に乗る必要はない。青木富夫(竹中直人)が中洲で、ラジカセでカセットテープ『あなたは/絶対/あがらない』を聞きながら精神鍛錬(?)している川は、思川で良いのだろうか?

*3:この大会については2017年4日17付(5)の最後に少し触れた。

*4:前回見た冒頭の朗読では、ここで「込み」が少し籠もりながらも聞こえていたのだが、この朗読では聞こえないようである。

*5:5月20日追記】大会だけの助っ人として体育会の他の部の部員を出場させることが少なくなかった訳だから、見慣れぬ選手の出場は当然で、身許の確認も大してやらなかったのかも知れないが。